はじめに

はじめまして。のらぬこ先生と申します。現役の公務員獣医師で、動物愛護管理センターで実際に殺処分に携わっていました。個人的には納得のいかない殺処分も多々ありましたが、悲しいことに、私たちは獣医師である以前に公務員、つまり組織の駒ですので、組織の方針には抗えませんでした。と言って自分を納得させています。

犬猫の殺処分をめぐる状況については、ここ10年の間に大きく変わっています。しかし一般市民の認識は昔のままです。保健所に収容された犬猫は動物愛護管理センターに送られ、数日後にはまとめて容赦なくガス室で殺処分されると信じている方が非常に多いのです。確かに昔はそうでした。昔はガス室が週に何回も稼働していたと聞いたことがあります。今ではガス室による殺処分は非常に評判が悪く、麻酔薬の注射による安楽殺が主流になっていて、ガス室が動くのはメンテナンスの時だけという自治体が多いのではないでしょうか。一方、高らかに「殺処分ゼロ宣言」をしている首都圏の自治体もあり、そうでない自治体に対して「なぜゼロにできない」とプレッシャーをかけてくる方々もおられます。

私に言わせるとそのどちらも正しい認識ではなく、殺処分という極めてデリケートな領域について腹を割った説明を避けてきた、私も含めた行政の責任であると痛感しています。行政の説明不足により、「殺処分」という刺激的な、印象的な言葉だけが独り歩きして、時には非科学的で感情的な議論に終始する傾向にあります。現在において、多くの(すべてとは言いませんが)自治体において、殺処分は動物福祉に配慮した方法で実施されています。ちなみに殺処分というのは昔ながらの(ガス室一斉処分時代から続く)行政用語であって、現在は実質的に「安楽殺処分」が行われています。また、「殺処分ゼロ宣言」している自治体においても、獣医学的理由による安楽殺は行われています(そう言い切れる理由については、のちほど詳しくお話しします)。

私は実際に殺処分にかかわった人間として、その現状を皆様に知っていただき、感情論ではなく科学的かつ建設的な議論につなげていくお手伝いをする義務があると考え、この原稿を書いています。殺処分の現状について、可能な限り詳細にお伝えしていきたいと考えておりますので、よろしくお願いします。

なお、米国における安楽殺処分の方法や現状については、“Shelter Medicine for Veterinarians and Staff, Second Edition”(Lila Millerおよび Stephen Zawistowski編、2013)を参照しています。この本はアニマルシェルターにおける動物管理に関わる分野を網羅した良書ですので、関心のある方は読んでみられることをお勧めします(残念ながら、日本語版はありません)。