「殺処分ゼロ」のプレッシャー その1

動物愛護団体と行政の協力により、21世紀に入ってから犬猫の殺処分数は激減しています。そのこと自体は良いことでしょう。しかしその裏で様々な問題が起こっています。

「殺処分ゼロ」というスローガンが、行政と動物愛護団体の双方に過大なプレッシャーをかけています。「殺処分ゼロ」が「交通事故ゼロ」と同じような単なるスローガンであれば問題はないのですが、「殺処分ゼロ」が数値目標になることが問題なのです。例えば、選挙公約で「犬猫の殺処分ゼロ」を掲げるような知事が誕生したりしています。

「殺処分ゼロ」が数値目標になると何が起こるか、役人の気持ちになって考えれば容易に想像がつくでしょう。まず、犬猫の収容を極力避けようとします。動愛法で規定された正当な引き取り拒否ならよいのですが、本当にやむを得ない理由で引き取りを求められた場合の引き取り拒否が増えます。それは飼い主と動物双方にとって不幸です。

また殺処分そのものを避けようとするでしょう。殺処分しなくてもよいのであればそれに越したことはありませんが、重病や重症で苦しんでいて、回復の見込みがないと獣医学的に判断された場合には、動物の苦痛を終わらせるために、どうしても安楽殺しなければならない局面が出てきます。「殺処分ゼロ」のプレッシャーのもとでは、動物の苦痛を無視してあえて死ぬまで放置するという選択に傾くでしょう。狂暴で事故の原因になりかねない犬を、無理矢理譲渡するなどということも起こるでしょう。そういった動物の安楽殺すらゼロにしろなどとバカなことを言う首長はリコールした方が良いです。ウチの首長はバカでなくて、ほっとしています。

前述の某知事もそこまでバカではなかったようで、「殺処分ゼロ」を達成したと宣言してはいますが、そこにはやむを得ない理由による安楽殺は含まれていません。「殺処分ゼロ」宣言だけを聞いて、「あそこの自治体は犬猫を殺してないんだ~」なんて思う人は、頭の中にお花畑が広がっています。お花畑だけならよいのですが、それを他自治体へのプレッシャーに使うタチの悪い人もいます。

そもそも、何をもって「やむを得ない安楽殺」とするかもあいまいです。それこそ鉛筆をなめればどうにでもなる話です。この問題については改めてお話ししたいと思います。

そして何よりも問題なのは、「殺処分ゼロ」のプレッシャーから、どう考えてもキャパシティを超えていると思われる動物愛護団体に動物を押し付けることが横行していることです。動物愛護団体も「殺処分ゼロ」のプレッシャーから、むげに断れない現実もあります。現実に多頭飼育崩壊してしまった動物愛護団体も出現しています。このことについては、次回にお話しします。