ペントバルビタールの過剰投与

ペントバルビタール(主にNa塩が用いられます)は、中枢神経系抑制作用を持った麻酔薬で、過剰投与された動物は苦痛を感じることなく急速に意識を消失させ、死に至ります。そのため様々な動物の安楽殺に広く使われています。

ペントバルビタールの通常の投与経路は静脈内注射です。実際に動物病院で行われる安楽殺は、この方法によります。しかし収容動物の静脈内注射は簡単にはいきません。獣医師のスキルの問題ももちろんありますが(犬猫に簡単に静脈内注射が打てるような人は、そもそも公務員になろうなどと思わないでしょう)、安楽殺が検討されるような瀕死の犬猫は血圧が低く、静脈の探知が極めて困難な場合があります。静脈内注射にまごついている間に状況が悪化してしまうことも考えられます。そのため米国獣医師会のガイドラインでは、腹腔内注射や心腔内注射も条件付きで容認されています。特に心腔内注射は痛みを伴うので、「動物が高度に鎮静、意識消失、または麻酔されている場合」にのみ認められます。

私が実施していた方法は、塩酸メデトミジン(商品名:ドミトール)の最大用量を筋肉注射し、完全に意識が消失した状態でペントバルビタールNa(商品名:ソムノペンチル)を心腔内に注射します。この方法だと、ペントバルビタールNaの使用量が腹腔内注射よりも少なくて済みます。前述のとおり、ペントバルビタールNaは現在国内では入手困難な薬剤です。また、腹腔内注射よりも効果が早く現れます。適切に投与すれば、少なくとも30分以内に、眠るように亡くなります。本当に安らかに亡くなるので、実際に使ってみると、この薬剤が世界で広く使われている理由がよくわかります。もちろん動物を苦しめないためには、一発で心腔内に注射針を入れる技量が必要です。

猫や5㎏以下の犬であれば、腹腔内注射も認められます。この場合はドミトールによる前処置は必ずしも必要ではありませんが、穿刺の失敗を防ぐため、必ず鎮静させています。ペントバルビタールNaは組織内に漏れると痛いので、皮下や筋肉内に漏れることは絶対に避けなければなりません。腹腔内注射の場合、効果が現れるのに時間がかかります。また5㎏以上の犬に腹腔内注射すると不随意の興奮状態を起こすので、必ず静脈内か心腔内に投与する必要があります。このように、ペントバルビタールNaを用いれば必ず安楽殺が実現できるというものではありません。運用方法も重要なのです。

 その他の注射麻酔薬の過剰投与によって安楽殺を行う際には、麻酔が効いた状態で他の何らかの手段を用いて、確実に死に至らしめる必要があります。その点においても、ペントバルビタールNaは優れた薬剤であると言えます。なお、ペントバルビタールは、麻薬及び向精神薬取締法における第二種向精神薬として規制を受けます。