炭酸ガスの何が問題か?

そもそも炭酸ガスによる安楽殺は、米国で犬の人道的安楽殺法として開発されました。それ以前は、米国の犬収容所においても溺死や撲殺など、今では信じられない方法で犬が殺処分されていました。

高濃度の炭酸ガスを吸入すると中枢神経系が麻痺され、意識を失い、最後には呼吸が停止し死に至ります。炭酸ガスで死に至る過程では苦痛を感じないとされ、安楽殺の方法として広く使われるようになりました。正しく実施されていれば、炭酸ガスによる致死処分は安楽殺であると認められます。ペントバルビタールNaのときにもお話ししましたが、炭酸ガスだからダメ、注射だからいいという単純な話ではないのです。

しかし現在、米国の多くの州で炭酸ガスによる犬猫の安楽死は禁止または制限され、日本においても炭酸ガスによる殺処分に対する風当たりが強くなっています。多数の動物を流れ作業で処理するような形態では、とても安楽殺は望めないということが分かってきたからです。繰り返しますが、炭酸ガスによる致死処分は、理論的には安楽殺です。しかし現実的に安楽殺になっていない可能性があるということです。

動物をいきなり高濃度の炭酸ガスにさらすと、意識消失までの数秒間、苦痛を感じる可能性があります。また炭酸ガス濃度を徐々に上げると意識消失が遅れ、意識が消失する前に酸素不足による呼吸困難を起こします。炭酸ガス濃度の調整は非常にデリケートなのです。一度に多数の動物を処理すると炭酸ガス濃度にむらが生じ、不適切な濃度の炭酸ガスに動物をさらす可能性があります。また若年、高齢、妊娠、病気、および負傷した動物は、炭酸ガスの吸収が遅れ、意識消失が遅れる可能性があります。そして収容動物の状態について正しい情報を得ることは困難なため、不適切な濃度で処置してしまう可能性があります。

それでも日米で炭酸ガスが多用されてきた理由は、ガス室のスイッチを押すだけなら獣医師でなくてもできるからという安直さ、それに尽きます。逆に言えば、そういう安直な運用をしてきたからこそ、炭酸ガスが悪者にされてしまっているのです。そして、どうせ獣医師の手を煩わせるのであれば、早くて安くて安全で、対外的にも聞こえがいいペントバルビタールNaによるEBI(注射による安楽殺)の方が良いと考えるのは自然な流れです。

では炭酸ガスはもう使えないのか?そんなことはありません。日本において、ペントバルビタールNaに代わる安楽殺手段として、麻酔で意識を喪失させた後で炭酸ガスによる安楽殺を実施している自治体が増えています。炭酸ガスによる殺処分の問題点は意識喪失のタイミングから発生するわけですから、これは理にかなった考え方です。また新たな設備投資を必要とせず、虚構と化していたガス室を有効活用できます。欠点はやはり「炭酸ガス悪玉論」者からの抗議への対応に時間を取られることでしょうか。抗議するのは結構ですが、きちんとした調査の上でしっかりと勉強して臨んでいただきたいものです。