脱「処分装置」への流れ

「吸入麻酔剤リサイクルシステム」(以下「下関方式」と略します)は一見素晴らしいシステムに見えるにもかかわらず、なぜ普及しなかったのでしょうか。「下関方式」の導入に関わった地元の開業獣医師は「初期投資に費用がかかるから他自治体は躊躇しているのだろう」と言っていましたが、原因は他にあります。

炭酸ガスによる殺処分が当たり前の時代に、「脱炭酸ガス」を掲げ、吸入麻酔薬による殺処分装置を開発したことは、当時としてはかなり革新的であったといえます(個人的には、一方的な「炭酸ガス悪玉論」は違うと思いますが)。しかしあまりにも革新的すぎてトンガリ過ぎたものが、たとえそれが性能的に優れていたとしても、少数派となり消えていった例は数え切れません。レーザーディスク、βビデオテープ、MD、APSフィルム…等々(例が偏りすぎてゴメンナサイ)。俗っぽい言い方をすると「時代に裏切られた」のです。

「下関方式」に呼応するように、平成21年頃から、炭酸ガスによる殺処分からペントバルビタールNaによるEBIに切り替える動きが全国的に起こり始めました。いわばこれが主流となったわけです。そして10年後、ペントバルビタールNaが入手困難となり各自治体が代替法を模索する中「下関方式」が再注目される…ことはありませんでした。なぜならこの10年間で、犬猫の殺処分数が劇的に減少したからです。すでに処分装置を用いる必要はなくなっていました。今さら殺処分に1億円の設備投資と年間600万円のメンテナンス費用をかける必要はないのです。

そして何よりも残念なのは、大量処分を前提にして、高品質の殺し方を追求してしまった点です。平成21年当時、犬猫の殺処分数は今のように少なくはありませんでした。しかし当時にあっても、伝統的に炭酸ガスを使用しない殺処分を実施している自治体が、ごく少数ながら存在していました。動物愛護管理センターに処分装置を設置しないというのは、当時としてはかなりイカれた考え方だったでしょう。それでも「処分装置を設置せず、ペントバルビタールNaによる安楽殺のみ」という選択をしていれば、本当の意味で世界に誇るセンターになっていたことでしょう。平成31年2月に移転オープンした、川崎市動物愛護センターには、処分装置は設置されていません。今ではこれが当たり前なのです。

犬猫に直接手をかけることなく処分装置に入れて殺処分することは、担当者の精神的負担を考えると良いことなのかもしれません。しかし反面、担当者の殺処分への抵抗感が薄くなるきらいがあります。これは推測ではなく、私の実体験に基づく考え方です。私は犬や猫の心臓に注射針を打ち込むたびに、安易な殺処分を戒める気持ちが増していきました。そういう意味でも、処分装置は使わない方がよいと私は思っています。