TNRとRTF

米国も日本と同様、野良猫が産んだ子猫の収容により費やされるシェルターのリソースと、譲渡不適の野良猫の成猫の安楽殺の問題を抱えています。特に性格的に譲渡に向かない健康な猫の安楽殺に関しては、安楽殺に比較的寛容といわれる米国においても批判が多く、シェルターの悩みの種です。

米国にはcommunity cat(=野良猫)という概念がありますが、日本のいわゆる「地域猫」とは異なり、飼い主のいない猫の包括的概念です。人間が世話をしているか否かに関係なく「地域」を住み家にしているという意味でcommunity catと呼ばれています。野良猫の中には、人間から完全に独立して生きている猫もいますが、人間から餌をもらって生きている猫もいます。米国では野良猫に餌をやる行為は一般的で、多くの餌やり者は猫に避妊去勢手術をしないまま「放し飼い」しています。そのため「子猫の季節」と呼ばれる出産ラッシュ期に、野良猫の子猫がシェルターに多数持ち込まれます。またそうでないにしても、生まれた子猫が成長し繁殖することによって、野良猫の個体数が保たれます。

そこで、野良猫の出産を防ぎ、個体数を減少させる方法として、米国では1990年代からTNR(Trap-Neuter-Return)が行われるようになりました。TNRは1970年代に英国で開発された方法で、主に餌やり者が野良猫を捕まえ、避妊去勢手術を施し、元の場所に戻すことで繁殖を防ぎ、ゆくゆくは野良猫を減少させていこうという考え方です。TNRの効果についての問題点は後述しますが、単なるTNRでは思うように野良猫の数を減らすことができないことがわかってきて、TNR済みの野良猫のコロニーを管理する「コロニー管理者」を設けることが推奨されています。コロニー管理者はボランティアの個人または団体で、給餌場やトイレの管理から、猫の健康管理、また担当コロニーの野良猫による苦情対応まで、一切の管理を行います。コロニー管理者は猫の扱いから対人コミュニケーションまで幅広いスキルが必要で、community catの保護団体による養成セミナーも開催されています。また保護団体や地元自治体からのサポートも受けられます。ASPCA(米国動物虐待防止協会)は、TNRに引き続きコロニーの監視(Monitor)を行うTNRMこそが、コロニー管理の唯一の人道的かつ効果的な方法であると述べています。

一方、野良猫の成猫の安楽殺を避けるために米国のアニマルシェルターで始まったのが、いったん収容され譲渡不適とされた健康な野良猫に、避妊去勢手術を施し野に放つRTF(Return-to-Field)という方法です。「Feral Freedom」というプロジェクト名の方が通りがよいかもしれません。譲渡不適ということは人に慣れていないということを意味し、人間の庇護を必要としないということです。もちろんプロジェクトを実施する前に、野良猫を放つ地域の住民に十分な説明が必要であることは言うまでもありません。