T-61とトリブターム

米国の文書には「T-61」という謎の安楽殺薬が頻繁に登場します。またANMAガイドラインでは「Tributame euthanasia solution(トリブターム)」という安楽殺薬が推奨されています。いずれもエンブトラミドという薬物をベースにした、注射可能な非バルビツレート系安楽死薬です。かつてエンブトラミドは単独で小動物の「安楽殺」薬として用いられていましたが、死亡までにあまりにも時間がかかるため、苦痛を与える可能性があることが指摘されていました。そこで他の薬物と組み合わせることにより、その欠点を解消しようとしたのです。

T-61は、エンブトラミド、ヨウ化メボゾニウム(メベンゾニウム)、および塩酸テトラカインの混合物です。メボゾニウムは筋弛緩薬、塩酸テトラカインは局所麻酔薬です。静脈注射の直後に意識を喪失するといわれていますが、注射中に鳴き声を発するなどの行動が、安楽死を目撃している職員に苦痛を引き起こす可能性があります。そのため、T-61はメーカーによって自主的に市場から引き揚げられ、米国では製造されていません(カナダおよびその他の国では入手可能です)。意識が消失する前の不快感を避けるために、ゆっくりとした静脈内注射が必要です。T-61は、訓練を受けた担当者が適切に静脈内投与すれば、安楽死薬として許容されます。

トリブタームは、エンブトラミド、リン酸クロロキン、およびリドカインの混合剤です。リン酸クロロキンは、重篤な心血管抑制作用を持つ抗マラリア薬(最近、COVID-19の患者にも用いられている薬です)で、これを配合することにより、犬において死亡までの時間が大幅に短縮されました。さらに局所麻酔薬のリドカインを追加することにより、猫の安楽殺にも有効であることがわかりました。トリブタームを静脈内投与すると、犬に30秒未満で意識を失わせ、2分以内に致死させます。トリブタームは犬への使用がFDAに承認されていますが(猫は表示外使用になります)、現在米国内では製造されていません。また訓練を受けた担当者による静脈注射が必要です。 

個人的な感想ですが、T-61もトリブタームもかなり怪しげな薬物に思えます。特にT-61は、投与を受けた動物が苦しんでいるように見える(エンブトラミドの中枢抑制作用より先にメボゾニウムの筋弛緩作用が発現しているのではないかという疑念を与える)点でどうなのかなと思います。安楽殺であるという科学的根拠はあるのでしょうが、安楽殺実施者や一般の人への印象は良くないでしょう(炭酸ガスがあれだけ叩かれるのですから)。現時点で米国で製造されていないのは、そういうことなのでしょう。もちろん日本では販売されていませんし、日本においてはチオペンタールNa等のバルビツレートが普通に入手できますから、あえてこれを使う理由はありません。