アニマルシェルターにおける安楽殺関連ストレスは“Caring-Killing Paradox”(世話と殺害のパラドックス)と呼ばれます。このストレスを臨床心理学の用語で説明すると「燃え尽き症候群(Burnout)」や「共感疲労(Compassion Fatigue)」と表現することができます。
燃え尽き症候群とは、「一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した結果が得られなかった結果感じる徒労感または欲求不満」または「努力の結果、目標を達成したあとに生じる虚脱感」で、「極度のストレスがかかる職種や、一定の期間に過度の緊張とストレスの下に置かれた場合に発生することが多い」といわれています(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)。シェルターにおけるストレスは、主に前者と考えられます。つまり、献身的に世話をしてきた動物を安楽殺した後の徒労感や欲求不満です。
共感疲労とは、1990年代から使われるようになった比較的新しい概念で、「他者の苦しみや悲しみに接したとき、感情移入しすぎてしまい、無気力状態に陥ってしまうこと。燃えつき症候群に似ており、心身が疲労して、心のエネルギーが低下してしまった状態」で、「がんなどの末期患者と接する医療従事者や、外傷後ストレス障害(PTSD)患者の家族など、苦しむ人を支援したり、苦しみを目の当たりにする人に起こると報告されている。直接ではなく、間接的に、トラウマ(心的外傷)となりうる出来事に直面した場合に陥る心の状態」をいいます。「2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)発生後、大津波が家屋や車をのみ込む場面や、変わり果てた町の惨状など、悲劇的な映像や報道が続いたため、被害に遭わず無事に過ごしている自分に罪悪感を抱いたり、無力感に陥った人が、多くいた」とされます。(出典:イミダス編 時事用語事典)
ただでさえ、アニマルシェルターは感情移入が起こりやすい場所です。シェルターに入ってくる動物は、例えば飼い主が手放した動物、母親から引き離された幼齢動物、けがや病気で苦しんでいる動物など・・・そういう動物たちと接していると、たとえ理性的に割り切ることができると自分で思っている人であっても、無意識のうちに感情移入してしまっているものです。特に自ら希望してシェルターで働いている人(ボランティアを含む)は、「動物を助けたい」という強い気持ちを持っているはずです。そういう気持ちが強ければ強いほど、ストレスの危険性は高まります。
当然、日本の動物管理機関においても、同様のストレスは発生しているはずです。短いサイクルでの人事異動によって、深刻な状況を回避しているにすぎません。これが獣医師の就職先として、公衆衛生分野の公務員の人気が低く、離職率も高い要因のひとつ(もちろん待遇の悪さが最大の理由ですが)といえます。