THVR(Trap-Hysterectomy- Vasectomy- Return)のHはHysterectomyすなわち子宮摘出術です。雌猫の外科的避妊について、教科書にはこう書かれています。
卵巣摘出(卵巣割去)(前略)なお,犬や猫では,発情を阻止するだけではなく,将来,乳腺腫瘍や子宮蓄膿症を未然に防ぐため,卵巣と子宮を同時に摘出する卵巣-子宮摘出術を採用するのが一般的である.
受精の阻止 卵管切除あるいは卵管結紮が最も簡単な方法である.しかし,避妊の他に発情方法および微候も阻止することを要求される犬や猫では,目的を達成できないし,子宮や卵巣疾患の危険が残る.(以下略)
「獣医繁殖学」文永堂出版(1995)241頁~242頁
教科書的には、犬や猫の避妊において卵巣を温存することは推奨されていませんし、子宮摘出術などという言葉すら出てきません。前回もお話ししたように、卵巣と子宮の両方を摘出することには避妊効果のほかに大きなメリットがあり、そのどちらかしか摘出しなければ、そのメリットが半減するからです。特に卵巣を温存する子宮摘出術には、ホルモン分泌抑制による効果が全く期待できません。それを逆手に取り、野良の雌猫にも本来の野良猫としての行動で短い「猫生」を過ごしてもらい、結果的に野良猫の数を効果的に減らそうという取り組みがTHVRなのです。
卵巣と子宮の両方を摘出するより、子宮だけを摘出する方が簡単と思われるかもしれませんが、それは逆です。子宮のみを摘出する際には、全ての子宮の組織を確実に除去する必要があります。なぜなら、子宮の組織が少しでも残っていると、卵巣から分泌されるホルモンに反応し、活性化します。そのことが様々な不都合を起こします。卵巣と子宮の両方を摘出すると、少々雑に子宮を摘出しても、そのような問題は起こりません。私が獣医大の学生だったころ、外科手術の実習の初回が卵巣子宮摘出術でした。それくらい簡単な手術なのです。卵巣子宮摘出術は比較的簡単であるがゆえに、流れ作業による大量処置が可能で、大規模なTNRにも対応できるのです。また子宮摘出術は、子宮組織が残っていないことを確認するために、やや大きく切開する必要があります。この手術は米国でも一般的ではなく、どの獣医師でも実施できるわけではありません。また手術費用も卵巣子宮摘出術の1.5~2倍かかります。
THVRが普及していくためには、まず子宮摘出術の普及が必要でしょう。その上でやはり卵巣子宮摘出術の方が時間的に効率がよい(慣れた人なら、1日10件以上の手術をこなします)ということであれば、雄のみ精管切除術に切り替えるだけでも効果はあるかもしれません。今後THVRが普及していくのか、注視していきたいと思います(THVRが普及するより前に、野良猫問題が解決することを祈りますが)。