シェルターメディスンの基本概念1 シェルターメディスンとは何か

前置きが長くなりましたが、アニマルシェルターの概要をつかんでいただいたところで本編に入ります。シェルターメディスンという言葉自体は割とよく聞く(聞かない?)のですが、じゃあシェルターメディスンとは何か?と問われても、一言で答えるのは非常に難しいのです。知れば知るほど泥沼にはまるというか、頭が混乱してしまうのです。

日本語でシェルターメディスンについて書かれた文献はほとんどないのですが、環境省の「被災ペット救護施設運営の手引き」に記述がありましたので、引用しておきます。

 

シェルターメディスンは米国で発展した学問で、動物保護施設等で多数の動物を健康で安全に飼養管理するための獣医療のことです。その守備範囲は広く、動物間における感染症の予防や治療はもとより、アニマルウェルフェアを基本とした施設の設計や管理、ストレスや問題行動を軽減する飼養管理、施設に関わるスタッフやボランティアの管理、譲渡希望者とのマッチングなど多岐にわたります。

 

シェルターメディスンはアニマルシェルターを核にした獣医療であることには間違いありませんが、シェルターに収容されている動物のみを対象としているわけではありません。考えてみてください。シェルターで生まれ育ち、一生をシェルターで過ごす動物などほとんどいません。ほとんどの動物は何かのきっかけでシェルターに入り、そしてシェルターから出ていくのです。残念ながらシェルターの中で亡くなってしまう動物もいますが、彼らもかつて、何らかの理由でシェルターに入ってきたのです。つまりシェルターメディスンが対象とする動物は「シェルター内の動物」だけではなく、「シェルターに入ってくるかもしれない動物」や「シェルターから生きて出ていった動物」も含むのです。それは地域の飼育動物だけではなく、野良犬・野良猫や地域猫、野性動物すら含みます。

言い換えると、シェルターメディスンは単にシェルター内の動物の飼養管理や疾病予防のみを意味するのではなく、シェルターへの動物の出入りを調節し、シェルター内の動物の個体数を適切に維持し、結果的にシェルター内の動物の健康と福祉を守るための獣医療であるといえるかもしれません。シェルターへの動物の流入を防ぐためには、遺棄防止や避妊去勢手術の普及など、ペットの適正飼養に関する啓発活動、飼い主明示措置の普及、地域猫活動、災害時等のペット同行避難の推進などが必要となりますし、シェルターから生きたまま動物を出すためには、譲渡の推進(譲渡先の確保や譲渡適性を高める技術など)などが必要になります。場合によっては、安楽殺が必要な場面もあります。つまりシェルターメディスンとは獣医学のみにとどまらず、心理学や組織論、建築学や経済学など、様々な学問分野が隣接した総合学問であるといえるのです。