シェルターメディスンにおいては、群管理(population management)が根本理念になります。群管理とは、その字のごとく、シェルター内の動物の各集団を群ととらえて、群としての健康を管理する方法で、その目的は、多数の飼育動物における感染症の予防です。
端的に言うと、アニマルシェルターの目標は「収容された動物を、良い状態をキープしながら一刻も早く譲渡すること」です。逆に最悪のシナリオは「本来譲渡可能だった動物がシェルター内で病気に罹患し、譲渡できなくなる」ことです。シェルターにおいて「譲渡できない」ことは、安楽殺につながりかねない重大な事態です。
アニマルシェルターは感染のリスクが極めて高い場所です。シェルターに持ち込まれる動物は、必ずしも飼い主が手放した元飼育動物ばかりではありません。飼い主不明の放浪動物や野良動物、場合によっては野生動物も持ち込まれます。彼らのほとんどは、適切な健康管理がなされていませんし、ワクチンの接種状況も不明です。過酷な生活によって免疫力が低下し、思わぬ病気にかかっているかもしれません。また、シェルター環境のストレスが感染症の発症リスクを高めます。動物にとって、狭い場所に押し込められ、様々な種類の動物が収容されているシェルターはストレスだらけです。
シェルター内で感染症が蔓延すると、動物のケアに必要な人員が増えますし(つまり受け入れ可能な数が減る)、治療期間のぶん動物の譲渡が遅れます。また重篤な症状を示す動物については安楽殺も検討しなければなりません。つまり、ふんだりけったりなのです。ですので、シェルターにおいては感染症予防が重視され、感染症が発生した際の速やかな対応が求められるのです。そのためには、日常における動物の健康管理や衛生管理、感染症発生時の対応等についてのマニュアルを策定し、厳格に運用する必要があります。
シェルターで感染症が発生するということは、マニュアルが順守されていないか、マニュアルそのものが間違っているかのどちらかです。その原因を追究し、従事者教育の徹底やマニュアルの改訂につなげていくためには、各個体の診察や検査だけではなく、シェルター内の個体群そのものの「検査」も必要です。そのためには、発症率(数)や死亡率(率)といった指標が用いられ、経時的変化を見ることで発症時期を特定したり、空間的な差を見ることで発症場所を特定したりすることで、病気の原因になったシェルター内での出来事を特定していきます。
群管理に基づく獣医療はシェルター内での感染症予防を重視しているため、ワクチン接種や駆虫についての考え方について、動物病院における獣医療と若干異なる場合があります。もちろん、どちらかが正解ということではなく、アプローチの違いです。