シェルターメディスンの基本概念4 公衆衛生

身も蓋もない言い方をすると、獣医学は必ずしも動物のための学問ではなく、人間のための学問です。シェルターメディスンも獣医学のひとつですから、例外なくこの定義が当てはまります。人間の健康や安全を守ることも、シェルターメディスンの大きな目的です。

特にzoonosis(人と動物の共通感染症)の予防は重要です。特に皮膚真菌症は、犬猫を問わずシェルターで頻発する疾患で、zoonosisとしても重要です。また疥癬や回虫は、シェルターでよく遭遇するzoonosisです。シェルターは、様々な状態の動物が多数収容される場ですので、通常よりも感染症のリスクは高くなります。当然のことながら、zoonosisのリスクも高くなります。シェルター内の動物から人にzoonosisが感染する主な経路は、譲渡従事者です。

譲渡した動物がzoonosisに罹患していた場合、新しい飼い主やその家族への健康被害にとどまらず、シェルターの社会的評価の低下や活動自粛などのリスクを伴う可能性があります。また、譲渡動物にzoonosisへの明らかな罹患がなかったとしても、新しい飼い主等の免疫状態によっては、思わぬ病気に感染する可能性もあります。そのため、譲渡対象動物の健康管理は本当に重要です(zoonosisに限った話ではありませんが)。

シェルターの従事者が罹患動物を不用意に取り扱うことで、zoonosisに感染することもあります。手洗いの励行や個人防護具の装着など、基本的な衛生対策が、zoonosisから従事者を守るだけではなく、動物から動物への感染を防止することにもつながります。

もう一つの問題は、動物(主に犬)による咬傷事故です。攻撃的な動物をそのまま譲渡してしまうと、事故が発生する可能性が高くなります。攻撃性がみられる動物については、行動学的な治療(矯正や薬物治療)を施し、譲渡可能な状態にしなければなりません。治療が難しければ、安楽殺も検討しなければなりません。このように、シェルターにおける動物の適切な健康管理や行動管理は、動物の健康や福祉を保つだけではなく、人の健康や安全を守ることにもつながります。それだけではなく、シェルターによる放浪動物の収容や、TNRや飼い主教育などの関連事業は、地域の放浪動物を減少させ、結果的に公衆衛生や人の安全、生活環境に対する悪影響を低下させます。

付け加えると、公衆衛生は社会水準で健康を取り扱う、いわゆる「人の群管理」でもあります。動物の群管理で用いられる統計手法や疾病管理などの考え方は、公衆衛生の手法を応用したものですので、公衆衛生の基礎を学ばれている方は、シェルターメディスンの理解も早いかもしれません。