アニマルシェルターに収容されている動物のケアには、感染症の予防、ケージの大きさ、動物の数に見合った職員数、 提供される飼料の質、その他多くの考慮すべき事項があります。しかし重要なのは、動物自身がどう感じているかであって、動物の主観的な満足度の指標としてQuality of Life(QOL:生活の質)が用いられます。シェルターにおいて、QOLは動物福祉の観点から重要であるばかりでなく、シェルター特有の事情からも非常に重要です。それは譲渡と安楽殺です。
QOLの高い動物は、親しみやすさ、活動性、落ち着き、従順さなど、譲渡希望者に好まれる特性を示すため、早期に譲渡されます。逆に無力感、抑うつ、恐怖など、QOLが低い動物が示す特性は譲渡希望者に好まれないため、譲渡が遅れます。譲渡が遅れ、シェルターへの滞在期間が長くなると、QOLがさらに低下し、さらに譲渡が遅れるという悪循環が生まれます。つまりQOLは動物の譲渡に大きな影響を与えるのです。また、QOLが非常に低下した状態は「死よりも悪い生」とみなされ、安楽殺が検討されます。QOLは安楽殺の決定にも大きな影響を与えるのです。
極論すると、動物のQOLは快と不快のバランスであるといえます。不快に傾くとQOLが低下します。不快の重要な要因は「苦痛」です。苦痛には身体的苦痛と精神的苦痛があり、どちらもQOLを低下させますが、現代では精神的苦痛の重要性について強調されています。
では、動物のQOLはどのように測定すればよいのでしょうか。人間のQOLの測定には調査紙(いわゆるアンケート用紙)が用いられますが、動物には主観的状態を表現する術がありません。また、動物が置かれている状況を測定し定量化したとしても、それは必ずしも動物の主観的状態を示すとは限りません。
動物のQOLの測定によく用いられているのが行動評価です。行動の変化、特に異常行動は、動物が直面している課題や、動物がその課題に適切に対処できているかどうかを示します。一般に快に傾いている動物は、その動物固有の一般的な行動を示します。しかし行動自体が正常であっても、その頻度や持続時間にも留意する必要があります。過剰な吠えや引きこもり、攻撃性などの異常行動は、QOLの低下のひとつの指標として用いられます。また、ストレスがQOL低下をもたらすという仮説のもと、コルチゾールの測定によりストレスレベルを評価することが試みられています。
しかし、アニマルシェルターという特殊な環境は、環境の激変や収容環境そのものがQOLを損なうばかりではなく、通常とは異なる環境下においては異常行動やストレスを示しやすく、QOLの測定自体も困難です。動物がシェルターに入ってからの数日間にQOLの測定を試みても、有意な結果は得られないといわれています。シェルターで動物のQOLを判定するための実用的な尺度として、QOLが高い動物の状態を表現することが提案されています。動物の状態がこのリストから逸脱することが、QOL低下を示す指標になると考えられています。