安楽殺薬の経口投与

バルビツレートの経口投与により殺処分を行っている自治体がいくつかあります。多くは殺処分前の鎮静に用いられていますが、単独使用している自治体も見受けられます。安楽殺薬の経口投与について、AVMAガイドラインの2020年版にはこう書いています(私のつたない翻訳は参考程度にして、必ず原文にあたってください)。

 

The oral route has several disadvantages when considered for administration of euthanasia agents, including lack of established drugs and doses, variability in agent bioavailability and rate of absorption, potential difficulty of administration (including potential for aspiration), and potential for loss of agent through vomiting or regurgitation (in species that are capable of these functions). For these reasons, the oral route is unacceptable as a sole means of euthanasia. However, the oral route is an appropriate means to deliver sedatives prior to administration of parenteral euthanasia agents.

 

安楽殺薬の投与を検討する場合、使用する薬物と用量が確立されていない、薬剤のbioavailability(生物学的利用能)と吸収率のばらつき、投与の潜在的な困難(誤嚥の可能性を含む)、および嘔吐または反芻動物の吐き戻しによる薬剤の損失の可能性など、経口投与にはいくつかの欠点がある。これらの理由により、経口投与は単独の安楽殺の手段として受け入れられない。しかし経口投与は、非経口安楽殺薬の投与前に鎮静剤を導入するための適切な手段である。

 

私は獣医師としての直観で、安楽殺に経口投与は不適と思っていたのですが、これを読んでスッキリしました。かつて野犬の捕獲時の鎮静の手段として、人間の不眠症薬の「ブロバリン」(ブロモバレリル尿素)が用いられていたことがあります。ブロバリンを餌に混ぜ込み、野犬に食べさせるのですが、そもそも犬の用量がわからない上に、体重も見た目で判断します。しかも餌を1匹だけで食べてくれるとは限りません。効かないからといって追加投与すると致死量に達してしまう等々、経口投与薬はとにかく使いにくいのです。

「収容されている犬なら体重くらい測定できるだろう」とお思いの方もおられるでしょうが、体重が測定できるような犬なら鎮静剤の筋肉注射は打てますので、何も薬物の経口投与のようなリスキーな方法はとりません。/しかし筋肉注射を打つことが困難なくらい狂暴な犬も存在します。それでも無理矢理押さえつけて筋肉注射を打つことは不可能ではありません。しかし従事者の安全性の懸念がある上に、犬にそこまでのストレスを与えることは安楽殺の趣旨に反するのではないかと私は考えています。そういう場面に限り、多少のリスクをとったとしても、鎮静剤の経口投与を検討することが望ましいのではないでしょうか。もちろん最後は安楽殺として認められた方法を用いることが前提ですが。