病原体に感染しているものの症状が現れず、他の個体に感染させる可能性がある人や動物を「無症候性キャリア(以下、キャリア)」(または健康保菌者)といいます。特にアニマルシェルターで問題になるのは、猫白血病ウイルス(FeLV)や猫免疫不全ウイルス(FIV)といったレトロウイルスのキャリアです。
環境省の内部資料によると「猫白血病又は猫後天性免疫不全症候群等の感染症に罹患している動物」は「他の動物への蔓延等を防止する」観点から「譲渡不適」とされています。この「罹患」という表現が微妙で、キャリアがこれに含まれるか否かは、われわれの間でも議論があるところです。ちなみに私はFeLVやFIVへの感染をもって「譲渡不適」とはせず、創傷や病気が治癒しない原因としてレトロウイルスへの感染が疑われる場合にのみ「治癒の見込みなし」として安楽殺の対象にしていました。
AAFP(American Association of Feline Practitioners:米国の猫専門医の団体)の「2020 AAFP Feline Retrovirus Testing and Management Guidelines」(猫レトロウイルスの検査と管理についてのAAFPガイドライン2020)によると、シェルターに入る猫のすべてに対して、FeLVおよびFIVの検査が推奨されています。その理由は、野良猫や迷子の猫はレトロウイルスの感染リスクが高いからです。ちなみに家庭の飼育猫は感染リスクが低いため「必要に応じて」検査、TNR対象の猫については避妊去勢に注力するため、検査は「推奨されない」とされています。感染してから間もないと疑われる猫や離乳前の子猫については、偽陰性が発生する可能性があります。またFIVの簡易検査は抗体検査のため、移行抗体を持つ子猫は陽性反応を示すことがあります。おおむね生後6か月以内の子猫の検査結果はあてにならないので、生後6か月以降に再検査が必要です。
検査は受け入れ時の実施が望ましいですが、シェルターによっては譲渡前に実施することもあります。シェルターの都合で検査を実施せず譲渡する際には、譲渡先にその旨を説明し、譲渡後速やかに検査を受けるよう指示する必要があります。もちろん陽性の結果が出た場合の対応について、あらかじめ説明しておく必要があります。また陽性の場合、シェルターの同じグループにいた猫の譲渡先に速やかに情報を伝える必要があります。
AAFPが検査を推奨する理由は、シェルターにおける猫の飼養管理や譲渡時のマッチングなどのためなのですが、米国では(おそらく日本も同様でしょうが)FeLVやFIVの検査は、シェルターの収容数調整のための安楽殺対象の猫の選別に用いられています。陽性の猫よりも陰性の猫の方が譲渡が容易で、しかも獣医療ケアに係る人員やコストもかからないという計算によるものです。こうして見た目健康な猫が安楽殺されていくことについて、社会から冷たい目が向けられているのは米国も日本も同じです。