ケース8 攻撃的な犬

攻撃的な犬というと野犬を思い浮かべるかもしれませんが、意外に野犬は人慣れしないだけで、攻撃的な個体はあまり見られません。野犬を捕獲する際の咬傷事故は、犬の性質というよりは恐怖からの回避行動の結果起こります。攻撃的な犬のほとんどは、飼い主でさえ制御不能となり、咬傷事故の挙句に、行政機関がやむなく引取ったケースです。

犬の攻撃行動には下に挙げたように様々なパターンがあり、ほとんどは治療による改善が可能ですが、そのためには、飼い主の全面的な協力が必要不可欠です。本来であれば、飼い犬の問題行動(=精神疾患)の責任は飼い主にあるはずで、行政機関が引き取りを求められた場合、まずは動物病院に相談するよう飼い主に助言するのがセオリーです。しかし残念ながら、問題行動を診療することができる獣医師は、特に地方には少なく、しかも飼い主も半ばあきらめていて、治療に取り組む意欲がないことが多いのです。その結果、危険回避の観点から、本来なら拒否すべきである「動物の疾病を理由とした引取り」を行わざるを得ないのです。

アニマルシェルターで犬の攻撃行動を治療することは極めて困難です。シェルターは家庭でも病院でもありませんし、収容されている状態そのものが大きなストレスにもなります。献身的に治療に取り組むはずの飼い主からも見放されています。向精神薬(もちろん人用薬です)を用いた薬物療法も試みられていますが、この種の薬物には即効性はありませんし(即効性があると逆に怖い)、このような難しさもあります。

 

攻撃行動の中でも不安や恐怖に由来するタイプの場合には、抗不安作用を持つ薬物がある程度の効果を示すのではないかと考えられます。しかし、ここで注意すべきことは、このような攻撃を示す犬は、攻撃を示さないレベルの刺激に対してはあらゆる行動が抑制された状態(怖さゆえに動けない)であるだけかもしれないということです。つまり、薬物で不安レベルが下がると、(不安が低減しても攻撃が有効であるということは学習しているため)自信をもって攻撃行動を示す可能性があるのです。

(「最新 犬の問題行動診療ガイドブック」荒田明香ら、2011年、44p)

 

環境省の「譲渡支援のためのガイドライン」によると、譲渡適性を判断するための行動評価の際に、評価者が危険と感じた攻撃行動が現れたら、その場で評価中止です。攻撃性のある犬を譲渡してしまうと、咬傷事故の原因になるばかりでなく、飼い主やその家族のQOLを低下させることにもなります。残念ながら、安楽殺しか手がないと私は思います。

 

【結論】攻撃性を理由に飼い主から引き取りを求められた犬の矯正は極めて難しく、一時的に改善がみられても、譲渡後の安全性の保障はできかねるため、安楽殺もやむを得ない。しかし攻撃行動「もどき」の行動もあるため、行動評価については厳密に行い、可能であれば動物行動学の専門家による判定が望ましい。