避妊去勢によるホルモンバランスの変化

卵巣や精巣は、単に卵子や精子を作るだけの器官ではなく、ホルモンを分泌する内分泌器官でもあります。卵巣や精巣から分泌されるホルモンは、生殖器の発達や二次性徴の発現、性行動、発情周期や妊娠など、さまざまな作用をおよぼします。犬猫に行われる避妊去勢手術は基本的に卵巣子宮全摘出や精巣摘出で、卵巣や精巣を温存することは推奨されません。しかしそれは、ホルモンバランスの変化を意味します。

いわゆる性ホルモンには様々な種類や分類がありますが、ここは獣医繁殖学の講義ではないので、主なものだけざっくりと挙げていきます。卵巣から分泌される主なホルモンはエストロジェンやプロジェステロンで、下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(LHやFSH)の働きにより分泌されます。エストロジェンは卵胞ホルモンとも呼ばれ、主に雌の発情をコントロールするホルモンの総称です。プロジェステロンは黄体ホルモンと呼ばれるホルモンの一種で、エストロジェンと協力しながら、着床を助けたり、妊娠を維持したり、また乳腺を刺激して泌乳の準備をさせたりします。

精巣からはテストステロンが分泌されます。テストステロンは雄の生殖器を発達させ、「雄らしい」二次性徴を発現させる精巣ホルモンの一種です。またテストステロンは雄の性行動にも関わっていて、攻撃性を高める作用もあります。テストステロンには蛋白同化作用があり、しばしば筋肉増強剤としてドーピングに使用されます。

これらのホルモンは直接的に繁殖を補助するだけではなく、結果的に全身に「雌らしさ」「雄らしさ」を発現させます。そのため、卵巣や精巣を摘出することによってホルモンバランスが崩れ、特定の症状が出ることがあります。例えば、

 

後天性尿失禁(ホルモン反応型)

膝前十字靭帯損傷や股関節形成不全

性行動の変化

外部生殖器の未発達

 

といった症状は、避妊去勢手術が関与しているといわれています。後天性尿失禁(ホルモン反応型)は、主に雌の老犬に多い疾患で、エストロジェンの分泌低下による尿道括約筋の緊張低下が原因です。避妊手術で卵巣を摘出した際にもエストロジェンの分泌低下が起こりますので、同じ症状が起こる可能性があります。膝前十字靭帯損傷や股関節形成不全といった整形外科疾患は、主に早期に避妊去勢手術を実施した動物のエストロジェンやテストステロンの分泌低下によって、成長版の閉鎖が遅れ骨が長くなることによるアンバランスが原因ではないかといわれています。後の2つについては、直接的に性ホルモンの分泌低下によるものと考えられています。