避妊去勢手術による運動障害

避妊去勢手術は、膝前十字靭帯(CCLまたはACL)※1損傷や股関節形成不全などの筋骨格系疾患の危険因子といわれています。Houlihan(2017)の文献レビューにはこう記述されています。

 

Gonadectomy is a risk factor for development of CCL disease and hip dysplasia in both male and female dogs.

性腺摘出術は、雄と雌の両方の犬のCCL損傷や股関節形成不全の発症の危険因子である。

 

これらの疾患は命にはかかりませんが、運動機能を低下させる可能性があります。医学領域では、思春期後のACL損傷は男性よりも女性に多いといわれています。その要因のひとつとして、ホルモンの関与が考えられています。動物においても、避妊去勢手術とCCL損傷との関係について研究されています。Houlihan(2017)の文献レビューによると、様々な品種の犬において、避妊去勢済みの個体の方がCCL損傷や股関節形成不全が起こりやすいという統計的なデータが示されています。

その原因についても推測されていますが、はっきりしないようです。

 

Prepubertal gonadectomy is associated with increased bone length attributable to delayed closure of growth plates. Although it has been speculated that this subsequently leads to the development of certain orthopedic diseases, the speculated association has not been explained or confirmed.

思春期前の性腺摘出術は、成長板の閉鎖遅延に起因する骨の長さの増加と関連している。これがその後特定の整形外科疾患の発症につながると推測されているが、推測された関連性は説明も確認もされていない。

 

かつて、早期に避妊去勢手術を実施すると成長が悪くなるという言説がありましたが、実際は逆で、成長板の閉鎖遅延により骨は長くなるようです。骨の成長は、骨の先の軟骨部分が少しずつ伸びていき、少しづつ固まっていくことによって起こります。その軟骨部分を成長板といい、成長板が完全に固まる(=成長板閉鎖)と骨の成長が止まります。成長版閉鎖にはエストロジェンやテストステロンといった性ホルモンが関与している可能性があることが近年明らかになっています※2。骨が長くなることによるアンバランスが靭帯や関節の疾患につながる可能性があると考えられているのです。

 

※1 獣医療域、特に米国では膝前十字靭帯のことをcranial cruciate ligament(CCL)と呼びます。人医領域ではanterior cruciate ligament(ACL)と呼ばれ、獣医療域においてもそれに倣いACLが用いられることがあります。

 

※2 例えば、岡田正道「骨端軟骨板と性ホルモン:アポトーシスとの関連」近畿大学医学雑誌 26(1), 43-50, 2001-04-25