卵巣や精巣から分泌される性ホルモンは繁殖行動にも関わっています。そのため、避妊去勢手術で卵巣や精巣を摘出すると行動に変化がみられます。特に雄の去勢は、繁殖に関わる問題行動の治療の手段として用いられています。
(1)去勢:雄性ホルモンであるテストステロンが原因となる問題行動のいくつかは,去勢によって改善される場合がある。イヌについては,マーキング,マウンティング,放浪癖,同居しているイヌに対する攻撃,飼い主に対する攻撃に対して一定の効果が期待でき,ネコについては,放浪癖,ネコ同士のけんか,尿スプレーに対してかなり有効であることが確認されている。
(2)避妊:ネコにおける過度の発情行動に対する治療目的以外の目的で避妊が問題行動の治療に用いられることはほとんどない。近年行われた調査において,攻撃行動を示す雌イヌを避妊することによって攻撃性がさらに悪化する可能性が報告されているので,この種の問題行動を抱えるイヌへの避妊には慎重を期するべきであろう。
(武内ゆかり・森裕司著「臨床獣医師のためのイヌとネコの問題行動治療マニュアル」、2001年)
避妊去勢手術の、繁殖行動以外の行動や性格への影響についても、さまざまな研究がなされていますが、避妊去勢手術済みの犬猫は比較的おとなしいという研究結果があるものの、はっきりとした結論は出ていません。それは、行動についての研究の難しさを示しています。動物がある行動を示したとしても、それが避妊去勢手術の影響なのかそれ以外の要因によるものなのかをはっきりとすることは困難なのです。例えばAppelら(2013)は、シェルターから譲渡された動物の行動調査にはこのような問題があると述べています※。
・シェルターに収容された犬の場合、攻撃的な犬は避妊去勢手術以前に安楽殺される可能性が高い。
・米国のシェルターにおいては早期の避妊去勢手術が主流であり、幼齢の犬の場合、気質評価よりも先に避妊去勢手術が実施され、手術前後の変化について評価することが困難。
・特に幼齢時の行動は一時的なもので、成長に伴い消失または変化する可能性がある。
・行動評価を行うのは主に譲渡後の新しい飼い主であり、必ずしも彼らは動物行動学の専門家ではない。行動評価の平準化も困難である。
・「避妊去勢手術すればこうなるはずだ」という飼い主の思い込みが飼い主自身の行動を変容させ、犬猫の行動に影響を与える可能性がある(Hart,1991)。
※Shelter Medicine for Veterinarians and Staff, Second Edition(2013),656-657p