HQHVSNとは

アニマルシェルターで行われる獣医療は、動物病院における獣医療とは若干異なる点があります。動物病院の獣医療は、対象とする個体のケアに全集中すればよいのですが、シェルターの獣医療は、シェルター内の動物集団全体の健康状態にも目配せしなければなりません。

避妊去勢手術についても、シェルターと動物病院では考え方が異なります。シェルターの使命のひとつは、シェルターに入る動物を1頭でも減らす、ひいては安楽殺される動物を1頭でも減らすことです。そのためには地域の犬猫への避妊去勢手術の完全履行が理想です。シェルターから譲渡する動物に避妊去勢手術を実施することはもちろんですが、地域のペットの飼い主に避妊去勢手術を促す(場合によっては代理で実施する)ことや、野良猫のTNRも、他に行う人がいなければシェルターの仕事になります。

そこで生まれたのがHQHVSN(high-quality, high-volume spay/neuter)という概念です。直訳すると「高品質で大量の避妊去勢手術」ということになります。シェルターにおける避妊去勢手術は、とにかく数を稼ぐ必要があります。手術すべき動物は、地域にたくさんいるからです。だからといって、雑に速く手術を行っていいわけがありません。できるだけ手早く、かつ高品質の避妊去勢手術の手順が開発されてきたのです。

HQHVSNの具体的な手順については、例えばASPCA(米国動物虐待防止協会)のホームページ(https://www.aspcapro.org/)に教育用の動画が掲載されていますので、それを参照していただくとして(本当に生の手術映像ですので、獣医療関係者のみの閲覧をお勧めします)、私が大学で習った避妊去勢手術とはずいぶん違います。どこが違うかというと、

 

皮膚を小さく切開する 私は、開腹手術の際にはできるだけ皮膚を大きく切開して、中の様子をよく見ながら行うものだと思っていましたが、HQHVSN の手術動画を見ていると、とにかく切開が小さいのです。切開が小さいということは傷口が小さくて済み、出血も少ないのですが、反面、中の様子がよく見えないということにもなります。

去勢については陰嚢を少し切開し、中身を絞り出せばいいのですからこれでもよいのかもしれませんが、避妊の場合はほとんど名人芸です。少しの切開からspay hookという専用の鉤で卵巣や子宮を釣り出し、あっという間に切除していきます。

 

自己結紮 臓器を摘出する際には、血管などの管を2か所糸で結紮し、その間を切断するのだと思っていましたが、特に子犬や子猫の避妊去勢手術の際には、切除した先を縛って閉じるself-ligature(私は「自己結紮」と訳しています)という手法を用います。

 

またメスホルダーを使わず、メスの刃だけで切開する(それだけ滅菌する器具の数を減らすことができる)のも「なるほど」と思いました。