野犬対策の難しさは、地域の安全を守ることを優先させる価値観と、野犬の命を守ることを優先させる価値観が真っ向からぶつかることです。そして、前者が圧倒的多数であるにもかかわらず、後者の声がやたら大きく、また派手な実力行使を伴うため、行政が後者の主張に屈服せざるを得ないことにあります。
野犬を根絶させようとすれば、狂犬病予防法第6条の規定により野犬を抑留し、公示ののちに処分(殺処分または譲渡)するということを粛々と繰り返すしかありません。私は適正譲渡が行われる限り、野犬の譲渡は可能だと考えています。その際には避妊去勢手術の実施、適切なマッチング、譲渡の際の教育が不可欠です。いくら緊急的措置とはいえ、避妊去勢手術未実施の野犬を、ろくにマッチングもせずに譲渡するようなやり方は容認されません。また、動物愛護団体にそのまま引き渡すようなやり方も感心できません。自治体に野犬をずっと抱えておく余裕がないのと同様、動物愛護団体にもそのような余裕はありません。譲渡先が見つからない野犬は、別の動物愛護団体に引き渡され、そしてまた…を繰り返し、最終的には「ボランティア」を自称するアニマルホーダーのもとに行きつき、ネグレクトの末に悲惨な最期を迎えるのです。京都の「神様」のもとにも、「西日本の野犬問題で全国的に有名な市」で捕獲された野犬が流れ着いていたことが確認されています。
しかし適正譲渡は手間がかかります。しかも年間500頭以上の野犬を捕獲し動物愛護団体に横流ししても捕獲数が減らないのですから、もっと多くの野犬を捕獲し譲渡する必要があります。捕獲数のデータを見る限り、少なくとも年間1000頭の譲渡が必要になるでしょう。その過半数は捕獲が容易な子犬であると推測されます。子犬であれば比較的譲渡しやすいということは以前述べたとおりです。ここで問題になる成犬は年間500頭くらいでしょうか。経験者ならおわかりでしょうが、年間500頭の野犬を適正譲渡することは、保健所業務の片手間でできるようなことではありません。行政はそこをうまく動物愛護団体に投げることによって体裁を整えてきましたが、すでにひずみが出始めています。しかも全く成果が出ていません。
地元自治体は野犬が減らない原因として「餌やり者の存在」をあげています。むやみな餌やりが野犬の栄養状態を良好にし、結果的に繁殖能力を高めているというのです。しかし餌やり者にも言い分があります。餌をやらなければ野犬は生きていけず、野犬も動愛法上の「保護動物」ですから、餌やりを禁止することは虐待の教唆だというのです。行政は「むやみな」餌やりを禁じているのであって、餌やり自体を禁じているわけではないと言っていますが、餌やり者は「むやみな」の定義があいまいだと反発しています。この点においても、不毛な水掛け論が生じているのです。