たまたま「Frontiers」の獣医学分野(https://www.frontiersin.org/journals/veterinary-science)の避妊去勢特集を読んでいたら、興味深い論文を見つけました。Bronwyn Orrと Bidda Jonesの「A Survey of Veterinarian Attitudes Toward Prepubertal Desexing of Dogs and Cats in the Australian Capital Territory」(https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fvets.2019.00272/full)という論文で、簡単に言えば、犬や猫の性成熟前避妊去勢手術(prepubertal desexing :PD)や早期避妊去勢手術(early age desexing :EAD)について、獣医師がどれくらい認識しているかという調査です。ちなみにオーストラリア首都特別区域(ACT:キャンベラおよび周辺地域)では、猫は3か月齢、犬は6か月齢までに避妊去勢手術を行うよう法で定められています。ACTにおいては2001年から犬猫の避妊去勢手術が義務付けられているにもかかわらず、ACTのRSPCA(動物虐待防止協会)のシェルターに入る成犬の47.4%、成猫の41.2%しか避妊去勢手術が実施されていませんでした。
オーストラリアにおける犬猫の避妊去勢手術は伝統的に5~9か月齢で実施され、多くは6か月齢までに実施されます。一般の動物病院では伝統的な時期に実施されますが、それでは特に猫は性成熟を迎えてしまいます。そこでアニマルシェルターなどにおいてはPDやEADが実施されていますが、一般的ではありません。
この論文によるとPDとEADはそもそも概念が違うといいます。PDは最初の発情が来る前に避妊去勢手術を行うという考え方で、猫は4か月齢まで、犬は7か月齢までに実施されます。EADは安全に手術ができる大きさになれば出来るだけ早く避妊去勢手術を行うという考え方です。猫は6週齢以降かつ体重800g(雄)、1000g(雌)で実施され、犬も6週齢から実施されますが、体重が1000gに達するまで待つのが一般的です。
この研究結果によると、ACTにおける多くの開業獣医師はPDの有用性については理解しているものの、猫の3か月齢までの避妊去勢手術については90%以上の獣医師が推奨していませんでした。犬の6か月齢までの避妊去勢手術については、2割の獣医師しか推奨していませんでした。また法的規制について完全に理解していた獣医師は12%にすぎませんでした。
なぜ獣医師はPDの有用性を認めながらも実施に及び腰なのか、もちろん飼い主が動物病院に連れて来るタイミングもあるでしょうが、やはり麻酔管理への懸念です。適切に管理されていれば、PDであっても麻酔のリスクは変わらないことが各種研究で示されているものの、やはり躊躇してしまうようです。日本でPDが進まない背景も、この点が関与しているのかもしれません。