TNR(Trap-Neuter-Return)を実施する際に、地域住民にとって最も懸念されるのが公衆衛生上の問題です。最近は猫がSARS-Cov-2(いわゆる「新型コロナウイルス」)に感受性があるという研究結果が報道され、行政機関に対して「野良猫を駆除せよ」と詰め寄る方もいます。公衆衛生上の問題を軽減し、地域住民に安心してTNRを受け入れていただくためにはどうすればよいか、Hurley(2019)※1の記述を参考に述べていこうと思います。
野良猫にTNRを実施するだけでも、以下の公衆衛生上の利点があります。
野良猫の数を増やさない
人間に感染する可能性がある、いわゆる人獣共通感染症の病原体を、たまたま数匹の野良猫だけが保有しているとは考えにくく、多くの個体の間で蔓延していると考えるのが妥当です。野良猫に避妊去勢手術を行わなければ、その個体数は急速に増加し、病原体の蔓延を招きます。
子猫の数を減らす
当然のことながら、成猫よりも子猫の方が病原体に対する抵抗力が弱く、例えば回虫や鉤虫、トキソプラズマといった人間にも感染する病原体は、成猫よりも子猫の方が排出する可能性が高くなります。TNRによって出産が制限されれば、子猫の数が減り、病原体が排出されるリスクも低下します。
避妊去勢による健康状態の維持
一般的に避妊去勢手術は猫の健康状態を良好に保つため、感染症のリスクを低下させることができます。
行動範囲の縮小
TNRの実施と適切な給餌を組み合わせると、野良猫の行動範囲が縮小する傾向があることがわかっています。このことは野良猫の徘徊を防ぎ苦情の軽減に寄与するとともに、感染症の蔓延も防止します。
ワクチンと駆虫
野良猫に避妊去勢手術を施す際には、たいていの場合3種混合ワクチン※2が注射され、局所型の駆虫薬(「レボリューション」など)が塗布されます※3。このことにより、野良猫間における感染症の蔓延を防ぎ、健康の維持が期待できます。それは結果的に、人獣共通感染症への感染リスクも低下させます。
もちろんこれだけでは万全ではありませんので、TNR後の猫の管理にも公衆衛生上の配慮が必要です。次回は、そこについて述べていくことにします。
※1 「Minimizing zoonotic disease risk when caring for community cats」
https://www.sheltermedicine.com/library/resources/?r=minimizing-zoonotic-disease-risk-when-caring-for-community-cats
※2 FVRCPと総称される、猫ヘルペスウイルス感染症、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症のワクチン
※3 併せて、狂犬病常在国の米国においては、効果が数年持続する狂犬病ワクチンが投与される。