香港の犬TNR実証実験 <私の視点>

2015年から3年間、香港で実施された犬のTNRの結果について、政府の委員会の報告書※1の内容を、私なりに評価してみました。

 

避妊去勢手術の件数について 

「6か月以内に、対象地区に生息する野犬の80%を避妊去勢手術する」というかなり高い目標を掲げられ、当然のことながら未達だったわけですが、実際に野犬の捕獲に携わった人間からすると、10か月の間に長州で43頭、大棠で37頭の野犬を人道的に捕獲したことは単純にすごいと思います。

 

野犬の数の変化について 

報告書によると、野犬の数は3年間において長州で14%の減、大棠は変わらずという結果でした。しかも長州の個体数減は子犬の譲渡による影響が大きいとしています。TNRは個体数を減らす手段ではなく、苦情を減らす手段であり、個体数は結果的に減少していくものだと私は考えていますので、個体数が増えていなければOKというのが私の意見です。両地点において実験開始2年後以降に未処置の犬がほとんど確認されていないことを考えると、これらの地点におけるTNRはほとんど完了していると考えられ、新規の子犬の誕生や他地点からの野犬の流入は発生していないといえます。つまりそれはTNRの効果であるといえます。「長州の子犬を放置していれば個体数が増えていた」と報告書には書かれていますが、そもそもTNRは子犬の誕生を防ぐための処置ですから、本来それがうまくいっていれば生まれていなかったはずの子犬を保護し譲渡したからといって、TNRそのものの評価に影響するものではありません。

 

苦情数について 

野犬に関する苦情については、大棠では減少したが長州では増加したとされています。漁農自然護理署(AFCD)が犬に関する苦情をどのように集計しているかはわかりませんが、日本において、野犬に関する苦情で最も多いのは「野犬が多い」または「野犬がうろついている」といった、実害を伴わない苦情です。報告書によると、長州で苦情数が増えた要因として「餌場に犬が集まった」「地元で実証実験が注目されていた」とのことですから、おそらく「野犬がうろついている」「実験が効果を伴っていない」といった類の苦情が多かったのではないかと推測されます。

苦情数を評価基準にするのであれば、その内容まで把握する必要があります。なぜなら、いくら野犬がうろついていたとしても、実害がなければいいわけですから※2。下記のような、実害を伴う苦情の数(特に咬傷被害)で比較しなければ、本当の意味で苦情低減はできないと私は考えます。

 

※1  ”Outcome of the “Trap-Neuter-Return” Trial Programme for Stray Dogs”,LegCo Panel on Food Safety and Environmental Hygiene(2018)

 

※2これは香港や日本のように、狂犬病が発生していない地域であるからこそ言えることです。狂犬病常在地域では、口が裂けてもこのようなことは言えません。狂犬病が致死性の感染症である以上、その蔓延防止は動物福祉よりも優先されるからです。世界的に、犬のTNRが実施されている地域に島しょ部が多いのは、狂犬病の発生がないことも影響していると考えられます。