日本で犬のTNRを実施するにあたり、法改正は必要ありません。必要な行政手続はこの2つです。
(1) 野犬の個体数調整の手段として「犬のTNR」という方法があることを、環境省が各自治体に「技術的助言」する
(2) 抑留された犬の「処分」方法に「元の場所に戻す」を追加する
(1)によって犬のTNRが「正当業務行為」になり、堂々と実施できるようになります。しかしそこには、厚生労働省の大きな壁が立ちはだかります。厚労省は狂犬病蔓延防止の観点から、野犬は全て捕獲すべき(殺処分しろとは言わないが)という立場です。狂犬病予防法も、その観点で定められています。野犬を野放しにすることを前提とした犬のTNRを、厚労省が認めるとは考えにくいのです。
またワクチン接種の問題もあります。犬のTNRは別名CNVR(Catch-Neuter-Vaccinate-Return)と呼ばれ、当然のことながら狂犬病ワクチンも接種されます。しかし日本で承認されている狂犬病ワクチンの有効期間は1年間で、毎年の接種が必要です。また米国で猫のTNRの際に接種される3年間有効のワクチンを用いたとしても、一生涯効果があるわけではありません。ワクチン接種後に免疫が切れてしまえば、その犬は狂犬病感染の危機にさらされるわけです。
これらの理由により、厚労省が犬のTNRに賛成する可能性は低いと考えられます。厚労省を納得させるには、少なくとも「年1回のワクチン接種」を担保し、狂犬病蔓延のおそれがないことを示す必要があります。
(2)についても狂犬病予防法に基づく通知が必要ですので、厚生労働省の了承が必要です。TNR後の犬はあくまでも未登録の「所有者がいない犬」ですから、狂犬病予防員による抑留の対象となります。抑留した犬のうち、飼い主へ返還できなかったものについては処分(譲渡、殺処分)できるとされていますが、元の場所に戻すことは想定されていません。そこで厚労省から「TNR後の犬であれば元の場所に戻してもよい」という通知が出されると、抑留されたTNR後の犬を元の場所に戻すことが可能になります。TNR後の犬は耳カットやマイクロチップで個体管理することが前提にはなります。
抑留された犬の「処分」の内容については、狂犬病予防法に明確に記載されていませんが、条文をどう読んでも殺処分が前提です。しかし厚労省は社会の変化に呼応し「できるだけ譲渡する」としましたが、法改正することなく「処分には譲渡も含む」と、しれっと解釈を変更しました。つまり「処分」の内容については法解釈の問題ですので、必ずしも法改正は必要ないのです。