日本で犬のTNRは可能か その3

日本において、犬のTNRそのものは違法ではないものの、その実施に際しては厚生労働省の壁(つまり狂犬病予防の観点)があると、前回までに説明しました。しかし逆にTNR後の犬に年1回の狂犬病予防接種を実施できれば、文句はないはずです。そのためには年1回の再捕獲が必要ですが、個体管理を徹底したうえで、発信機付きの首輪等により所在を確認できれば不可能ではありません。

その際には、犬を再捕獲するためのスキルと、狂犬病予防接種を誰が実施するかということが問題になります。いずれにしても、獣医師の関与が不可欠です。再捕獲の際に、犬が素直に捕獲檻に入ってくれれば良いですが、なかなか上手くいくものではありません。鎮静剤を経口投与(あまりお勧めはしませんが)するにしても、吹き矢を用いて麻酔薬を注射するにしても、獣医師の指示が必要です。また吹き矢による捕獲の際によく用いられるケタミンは麻薬に指定されていて、獣医師免許だけでは扱えず、麻薬施用者または研究者の免許が必要※です。

しかし犬のTNRに対する懸念は、狂犬病だけではありません。人に対する危害(咬傷事故等)、家畜やペットへの危害、農作物への被害、そして生活環境への被害(騒音、糞尿、ゴミあさり等)といった懸念は、犬のTNRに対する社会の理解を妨げます。さらに問題なのは、それらが発生した場合、誰が責任を負うのかということです。自治体なのか、管理者なのかという問題もありますが、管理者に責任を負わせた場合、責任能力の問題もあります。

また「犬がたむろすると怖い」という心理的問題もあります。猫のTNRが受け入れられている要因として、猫がたむろしていても怖くないという心理的効果も考えられます。TNRを実施し、定期的に餌場で給餌するようになると、犬は食料を求めて徘徊することが少なくなり、餌場周辺でたむろするようになることが予想されます。例えば野犬に対して定期的に餌やり者による給餌が行われている西日本の某地域においては、常に野犬がたむろしているスポットがあります。十数頭の野犬の成犬がたむろしている様相は、私が見ても威圧感がありますから、ましてや一般の人が見ると怖いと感じるのではないでしょうか。また彼らは人間は餌をくれる存在だと思っていますから、人間に近寄ってきます。それがまた恐怖を増します。そこで慌てて逃げようと駆け出すと、犬は追いかけてきます。野犬は基本的に臆病な動物ですから、意味もなく人間を襲ったりはしません。

これらの懸念をどう払拭していくかが、犬のTNR実現の鍵となります。

 

※獣医療行為として麻薬を処方するなら施用者、捕獲のために麻薬を用いるなら研究者の免許が必要です。どちらの免許が必要かは、免許を交付する都道府県の判断になります。