前回までは保健所譲渡の体制上の問題について見てきましたが、今度は譲渡の「質」の問題について考えてみます。言い換えれば、保健所で「適正譲渡」が可能かという点です。前々回も述べたように、譲渡というのは抑留所にいる犬猫を譲渡希望者に引き渡せばよいという単純な話ではありません。譲渡にはそれなりの専門的スキルが必要なのです。そこをおろそかにすることは安易な譲渡につながり、動物と人間の両方を不幸にします。
譲渡には「適正譲渡」と「譲渡のための譲渡」があります。どちらも「譲渡」ですが、目的が全く違います。「譲渡のための譲渡」とは、殺処分を回避するために緊急避難的に行われる譲渡です。この場合、譲渡先を吟味することなく、希望者がいれば譲渡してしまいます。差し迫った殺処分を回避するための譲渡ですから、とにかく譲渡することが優先され、その後のことはあまり考えません。こういう譲渡であっても、結果的にいい出会いに恵まれ、動物も新しい飼い主も幸せに過ごしているような事例も珍しくありませんが、反面、不適切な譲渡により動物も人間も不幸にしてしまったり、公衆衛生上や生活安全上の問題を引き起こすこともまた珍しくありません。
そういった問題を防ぐために、環境省が推奨しているのが「適正譲渡」です。環境省は少なくとも自治体による譲渡には「適正譲渡」を求めています。環境省の「動物の適正譲渡における飼い主教育」によると、「単に譲渡数を増やすことだけではなく、適正な譲渡を行い、地域の模範的な飼い主を増やし、ひいては行政に引き取られる動物の数と、その殺処分数の減少につなげること」が譲渡事業における重要事項としています。そのうえで、「収容される動物を減らす」「適正な飼養者を増やす」「適性ある動物を譲渡する」「不妊去勢手術を徹底する」ことが適正譲渡の4つの柱とされています。「譲渡のための譲渡」を進めると、「不適正飼養者の増加」「収容動物、処分数の増加」「事故や公衆衛生問題の発生」を招くので、「ただ単純に譲渡すればいい」わけではないのです。
「適正譲渡」は、譲渡適性がある動物をその動物にとってふさわしい人に譲渡し、動物も新しい飼い主も幸せに過ごすことができることを目指した譲渡です。そのため、いくつか踏むべきステップがあります。「適正譲渡」の流れの例について、環境省のパンフレット「譲渡でつなごう!命のバトン」から引用します。
はたしてこれだけの作業が、保健所業務の片手間でできるでしょうか。ただでさえ保健所は多忙な割に人員が少ない「ブラック」職場です。折しも新型コロナウイルス感染症が全国で発生し、その対応については担当者だけではなく保健所一丸の対応が求められています。保健所職員が動物への対応に割くことができる時間は削られる一方なのです。