誰がNBAを実施するのか

保健所譲渡の最大の問題点は、NBA(neuter before adoption:譲渡前避妊去勢手術)が難しい点です。保健所で譲渡するなら各保健所に手術室を設けることが望ましいですが、それは現実的ではないため、動物愛護管理センターに移送して手術だけを行うことになりますが、それならそのままセンターで譲渡すればいいという話にもなってきます。協力動物病院に委託するという方法もありますが、動物病院としては出自不明の動物を極力受け入れたくはありませんし、譲渡適齢期である2~3か月齢の子犬や子猫の避妊去勢手術に難色を示す獣医師も多いため、難しいかもしれません。

動物愛護法第7条第5項で、動物の所有者の責務として「繁殖に関する適切な措置を講ずるよう努める」と定められています。動物を飼う際には繁殖を強く希望する場合を除き、避妊去勢処置を行ってくださいということです。飼育動物に避妊去勢処置を行うことにより意図しない繁殖を防止し、殺処分対象となる動物を少なくしていくことができます。

適正譲渡の4本柱のひとつが「不妊去勢手術の徹底(環境省)」です。譲渡対象となっている動物は、適切に避妊去勢手術が徹底されていれば、そもそも生まれていなかったと考えられます。つまり人間の不始末の結果、そこに存在しているのです。もし譲渡した動物が繁殖してしまったら、それこそ何をしているのかわからなくなります。譲渡した動物は繁殖させないことが大原則なのです。

譲渡前にNBAを実施しておくことが理想的ですが、何だかんだと理由をつけて実施しない自治体も多いのです。いちばん多い理由は「避妊去勢手術は所有者の責務なので、譲渡後に所有者に実施させるべき」です。ウチの自治体もこの考え方です。よくできた屁理屈ですが「譲渡時の約束などあてにならない」という現実に目を向けるべきです。目の前の動物を迎え入れるという高揚感がじゃまをして、職員の説明が譲り受け者の頭の中に入ってこないことも多いのです。譲渡後の避妊去勢手術の実施率についての統計はありませんが、完全実施されていないことは間違いありません。米国のアニマルシェルターにおいても、譲り受け者が避妊去勢手術を行うことを前提に譲渡を行うことがありますが、Houlihan(2017)※1はこう述べています。

 

Unfortunately, noncompliance with spay-neuter contracts is as high as 60%.

残念ながら、避妊去勢手術の実施に係る履行違反は60%にも達する。

 

西日本のある自治体では、協力動物病院で無料で手術が受けられるクーポンを譲渡時に配布していますが、それでも実施率が低いと担当者は嘆いています。お金の問題ではなく、単に「忘れていた」「面倒くさい」のでしょう。

NBAなき譲渡は問題を先送りにするどころか、問題を拡大させます。NBAを実施しないのであれば、譲渡後の避妊去勢手術を完全履行させるような仕組みをつくるべきです※2。

 

※1 https://avmajournals.avma.org/doi/full/10.2460/javma.250.10.1155

※2 「大人の事情」でNBA実施が難しい自治体もあります。執刀獣医師の手術証明書を提出してもらうとか、譲渡時に手術の予約を入れてもらうといった対策を講じている自治体もあります。