「殺処分ゼロ」と動物福祉の両立は可能か

「殺処分ゼロ」ありきの考え方は「殺さなければそれでいい」という考え方を生みます。殺処分をやめることは簡単ですが、殺処分を免れた動物たちをすべて譲渡して家庭に入れることは物理的に不可能ですので、その多くは収容施設に留め置かれ「飼い殺し」にされることになるでしょう。動物福祉をないがしろにする「飼い殺し」を前提とした「殺処分ゼロ」に意味はありません。また、シェルターに収容された動物の福祉を担保するために殺処分による「間引き」を行うことも本末転倒であるといえます。

 

そう考えると、理想としての「殺処分ゼロ」と、「5つの自由」に基づく動物福祉を両立させることは相反するように見えるかもしれません。しかしそこに挑戦し、両立を目指す獣医療がシェルターメディスンなのです。シェルターメディスンを一言でいうと、シェルターに収容されている動物に対して「5つの自由」に基づく人道的管理を行うための獣医療ですが、その中には「必要のない動物の安楽殺は行わない」ことが含まれます。収容数調整のための安楽殺を行うことなく、シェルターに収容された動物の福祉を担保するためには、シェルターの収容可能頭数を順守することが必須です。そのためには、「受入れ数を減らす」か「譲渡数を増やす」、または「シェルターの収容能力を増やす」方法が考えられます。シェルターの収容能力を劇的に増加させることは困難ですし、譲渡数を増やすことも簡単ではありませんので、「受入れ数を減らす」ことが最重要事項といえます。

 

しかし「受け入れ数を減らす」ために、本当に保護が必要な動物を受け入れ拒否してしまっては、何の意味もありません。シェルターに持ち込まれる動物を、構造的かつ根本的に減少させていく不断の努力が必要なのです。避妊去勢手術の普及や動物虐待防止、TNR活動など、一見アニマルシェルターと関係なさそうな事柄がシェルターメディスンの重要なトピックとして取り上げられることには、こういう背景があります。現実に、米国のアニマルシェルターや動物保護団体は地域で低廉または無料の避妊去勢手術サービスを提供したり、地元のTNR活動を支援していたりします。それは将来のシェルターの過剰収容防止への「種まき」となるからです。

 

また、物理的に「シェルターの収容能力を増やす」ことは財政上の負担を伴うため難しいことから、シェルターへの受け入れや収容動物の管理を効率化することにより、シェルターの収容能力を向上させることも試みられています。

 

ここまで読んで「そんなことは絵に描いた餅」と思われたかもしれません。しかしシェルターメディスン発祥の地である米国では、学術的知見に基づき「安楽殺削減」と「動物福祉の担保」を両立させようとするプロジェクトが実行されています。次回以降、具体的に紹介していきたいと思います。