犬猫の避妊について考える【はじめに】

米国においては、犬猫の避妊去勢手術を低廉もしくは無料で実施する、いわゆるスペイクリニックがコロナ禍で休業を余儀なくされ、多数の「手術難民」が発生しています。そのためASPCA(米国動物虐待防止協会)は、未処置の飼い猫や保護猫に対して緊急避難的に「酢酸メゲストロール」という経口避妊薬を用いて望まない繁殖を防止することを推奨しています。

 

https://www.aspcapro.org/resource/aspca-statement-support-veterinarians-considering-megestrol-acetate-temporary

 

経口避妊薬があるなら、手術などせずに普段からそれを使えばよいではないかと思われるかもしれませんが、そうは問屋が卸しません。酢酸メゲストロールは化学合成の性ホルモンで、1970年代から用いられている、比較的古いタイプの経口避妊薬です。非常に簡単に言うと、性ホルモンを体内に入れることにより体をだまし、発情を起こさないようにするものです。酢酸メゲストロールは適切な用量での使用なら問題ありませんが、長期間連用すると副作用のおそれもあり、積極的に推奨されてきませんでした。

 

2010年頃、野良猫の個体数管理を目的とした、FeralStat®という薬物がインターネット上で出回ったことがあります。これを猫缶に混ぜて野良猫に食べさせると繁殖が抑制できるという触れ込みでした。これは少量の酢酸メゲストロールを含んでいましたが、その効果は不明で、誤って他の動物が食べてしまうリスクもあり、規制当局からは認可されていません※1。

 

その他、インプラントや注射による避妊薬が臨床応用されていますが、あくまでも飼い犬や飼い猫が対象です。しかも費用や副作用といった問題もあり、あまり普及していません。ましてや飼い主がいない犬や猫の繁殖制限は、外科手術による方法が確実かつ現実的です。

 

しかし避妊去勢手術は比較的身体的侵襲が少ない手術であるとはいえ、麻酔事故や合併症のリスクを伴います。また広い世界の中には、犬猫の避妊去勢手術に嫌悪感を示す文化も存在します(犬猫の避妊去勢手術は「身体的虐待」として禁じられていた北欧の国もあります)。飼い主がいない犬や猫の繁殖制限にはCNR(犬)やTNR(猫)※2といった、捕獲して外科手術を行い元の場所に戻す手法が用いられていますが、手術することなく避妊が可能であれば繁殖制限の効率ははるかに増大します。

 

そのため、米国では複数の動物福祉団体が共同で非外科的手法による避妊法について検討する”Alliance for Contraception in Cats & Dogs”(猫と犬の避妊のための同盟:ACC&D)が立ち上げられ、2013年に“Contraception and Fertility Control in Dogs and Cats ” (犬と猫の避妊と出産管理)というレポートがまとめられています。このレポートを参照しながら、避妊去勢手術を含めた犬猫の避妊法についての現在地と将来の展望について考えてみることにします。

 

※1 コンプライアンスの観点から、ACC&Dは野良猫への酢酸メゲストロールの投与を推奨していませんが、ACC&Dのメンバーでもある、米国のTNR推進団体Alley Cat Alliesは、条件付きながら野良猫への酢酸メゲストロールの投与を推奨しています。https://www.alleycat.org/resources/non-surgical-contraception-for-cats-a-potential-lifesaver-during-covid-19/

 

※2 犬は捕まえ(Catch)、猫は罠にかける(Trap)ことから、こう呼ばれているようです。