日本で獣医学教育を受けると、避妊手術=卵巣子宮摘出術と教わります。繁殖学の教科書にもこう書いてあります。
なお,犬や猫では,発情を抑制するだけではなく,将来,乳腺腫瘍や子宮蓄膿症を未然に防ぐため,卵巣と子宮を同時に摘出する卵巣-子宮摘出術を採用するのが一般的である.
(「獣医繁殖学」241p、文永堂出版、森純一、1995)
米国の文献やAVMA(米国獣医師会)のホームページを読んでも、避妊手術=卵巣子宮摘出術というのがデフォルトのようです。子宮の病気を予防するために、卵巣摘出のついでに子宮も摘出しておくというのは合理的な考え方といえます。一方欧州では、卵巣摘出術が主流であるといいます。将来起こるかもしれない子宮の病気には目をつぶり、手術の簡素化や侵襲抑制を重視する考え方で、それはそれで合理的であるといえます。
しかし一部の獣医師は、少なくとも犬においては卵巣の摘出だけで子宮の疾患を予防することができると考えています。Alliance for Contraception in Cats & Dogs (猫と犬の避妊のための同盟:ACC&D)のレポート"Contraception and Fertility Control in Dogs and Cats"(2013)にもこういう記述があります。
Reichler (2008) notes that “preference [for ovariohysterectomy versus ovariectomy] was most likely based on the presumption that future uterine pathology is prevented by removing the uterus. However, historical reviews of the short-term and long-term complications after ovariohysterectomy and ovariectomy leads [sic] to the conclusion that there is no benefit and thus no indication for removing the uterus during routine neutering in healthy bitches.”
Reichler(2008)は、「(卵巣子宮摘出術と卵巣摘出術の)選好は、子宮を摘出することで将来の子宮の病変を防ぐことができるという推定に基づいていると思われる」と指摘しています。しかし、卵巣子宮摘出術と卵巣摘出術後の短期および長期の合併症の歴史的検討から、健康なメス犬の定型的な避妊手術の際に子宮を摘出する利点はなく、したがってその適応もないという結論に達しました。(p22)
Van Goethem et al. (2006) conducted a literature review to assess whether or not ovariectomy can be considered a safe alternative to ovariohysterectomy in dogs. Researchers concluded that the procedures were equivalent in terms of long-term urogenital issues that include endometritis, pyometra, and urinary incontinence, and pointed out that ovariohysterectomy “is technically more complicated, time consuming, and is probably associated with greater morbidity (larger incision, more interoperative trauma, increased discomfort) compared with ovariectomy.” It is clear that ovariohysterectomy is a bigger surgery (Jöchle, personal communication 2012).
Van Goethemら(2006)は、犬において卵巣摘出術が卵巣子宮摘出術に代わる安全な方法として考えられるかどうかを評価するために文献調査を行いました。研究者たちは、子宮内膜炎、子宮蓄膿症、尿失禁などの長期的な泌尿器系の問題に関して、両手術は同等であると結論づけ、卵巣子宮摘出術は「卵巣摘出術に比べて技術的に複雑で時間がかかり、おそらく大きな罹患率(より大きい切開、より多い術中外傷、不快感の増加)と関連するだろう」と指摘しました。卵巣子宮摘出術がより大きな手術であることは明らかです(Jöchle, personal communication 2012)。(p22)
英国獣医師会のブログにも同様の主張が掲載されていますので、今後議論になっていくのでしょうが、もしかしたら従来の常識が覆るかもしれません。