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MASHにおける麻酔の考え方

White(2020)(https://ergovet.com/mash-clinics/)のMASH(仮設施設における猫の「一斉手術」)に関する記述には、MASHに必要な機器として、まず麻酔器(anesthesia machine)が挙げられていますが、その内容に触れる前にまずMASHにおける麻酔の考え方について説明しておきます。

 

麻酔についての考え方

避妊去勢手術は外科手術ですから、患者に全身麻酔をかける必要があります。全身麻酔には「注射麻酔」と「吸入麻酔」の2種類があります。

注射麻酔は特別な装置や器具を必要とせず、注射のみにより麻酔をかけることができますが、麻酔の効き方を微調整するのが難しいという欠点があります。吸入麻酔は麻酔の効き方を自由に調節でき、安全な麻酔を長時間持続できますが、麻酔器が必要です。一般的には、幼齢や基礎疾患があるなど、高リスクの患者には吸入麻酔が望ましいとされています。

 

野良猫の注射麻酔

米国では、MASHスタイルの野良猫の一斉手術には注射麻酔が一般的に行われています。その処方として有名なのがTKX(テラゾール+ケタミン+キシラジン)です。ケタミンは単独でも全身麻酔の効果がありますが、鎮痛作用が弱いため、通常は鎮痛作用がある薬剤と組み合わせて用いられます。米国においてTKXは野良猫の全身麻酔法として広く用いられていて、安全性が確認されています。その他の処方としてMKB(メデトミジン+ケタミン+ブプレノルフィン)やTTD(テラゾール+ブトルファノール+デクスメデトミジン)も野良猫に用いられていますが、TKXが「鉄板」の処方です。

 

吸入麻酔との併用

では、MASHにおいて吸入麻酔は用いられないのかといえば、そうではありません。ガスの吸入をやめれば速やかに麻酔から覚める吸入麻酔とは異なり、注射麻酔には麻酔から覚める(回復する)のに時間がかかるという欠点があります。そのため多数の患者への手術を高回転で行う場合、少量のTKXで注射麻酔をかけ、吸入麻酔で麻酔を維持するという手法を用います。このことにより、注射麻酔単独よりも早く患者を回復させることができます。

 

日本の事情

ここまでは米国の話で、日本においては少々事情が異なります。日本において、ケタミンは「麻薬及び向精神薬取締法」の規定により麻薬に指定されています。つまり麻酔薬としてケタミンを用いるには「麻薬施用者」の免許が必要になります。獣医師であれば免許取得は容易なのですが、やっかいなことにこの免許は「場所」とセットになっていて、別の場所で施用するにはその都度届出が必要なのです。そのあたりの面倒さもあるため、日本でMASHを行う場合は、メデトミジンで鎮静した後に吸入麻酔というのが一般的です。

 

次回はこれを踏まえて、White先生の記述を見ていくことにしましょう。