アニマルシェルターの公衆衛生(10)  職員のメンタルヘルス

2022年に改訂された、ASV(シェルター獣医師会)の“Guidelines for Standards of Care in Animal Shelters Second Edition”※(アニマルシェルターにおけるケアの基準に関するガイドライン第2版、以下「ガイドライン」)から、アニマルシェルターの公衆衛生について見ています。

 

13.4 Human well-being(人間の幸福)

Shelters should strive to become workplaces that emphasize staff wellness through a positive organizational culture, fair pay, hours and expectations, provisions for self-care, and ready access to mental health support systems without repercussions. 

シェルターは、肯定的な組織文化、公正な賃金、労働時間と期待、セルフケアの規定、および影響のないメンタルヘルスサポートシステムへの容易なアクセスを通じて、スタッフの健康を重視する職場になるよう努めるべきである。(p64)

 

When mental health concerns are communicated or observed, personnel should be encouraged to seek professional help.

メンタルヘルスの懸念が伝えられたり観察されたりした場合、職員は専門家の助けを求めるよう奨励されるべきである。(p64)

 

【のらぬこの解説】

アニマルシェルター職員の身体的健康も重要ですが、メンタルヘルスも労働衛生の重要な要素です。シェルターは精神的ストレスを抱えやすい場所です。アニマルシェルターには様々な事情を抱えた動物がやって来ます。動物を物のように扱うような飼い主にペットを返さなければならないこともあるでしょう。一生懸命に動物の世話をしても、結果的に死んでしまうようなこともあるでしょう。やむを得ず動物を安楽殺しなければならないこともあるでしょう。たとえ薄給で激務であってもシェルターで働こうという人は、動物が大好きな心優しい人のはずです。そういう人たちには耐えがたいようなことが、シェルターでは日々起こります。アニマルシェルターで起こりえるメンタルヘルスの問題として、「ガイドライン」では次の5つがあげられています。

 

共感疲労(compassion fatigue) 他者の支援を行う中でその苦しい気持ちに共感しすぎて、自分自身の心が疲れてしまっている状態です。

 

二次的外傷性ストレス(secondary traumatic stress) 心的外傷性ストレス障害(PTSD)の人の支援を行う中で、自分も同じような外傷性ストレスを感じてしまっている状態です。

 

精神的損傷(moral injury) イラクやアフガニスタンの戦場に派遣された米軍兵士が帰還後に示すことで知られる社会的不適応の一種です。「他者への信頼」や「善悪の判断」を喪失した状態で、自傷や自殺念慮を示すこともあります。

 

自殺念慮(suicidal ideation) 強い感情を伴った自殺に対する思考あるいは観念が精神生活全体を支配し,それが長期にわたって持続している状態です。

 

燃え尽き症候群(burn-out) 自分の努力が報われないと感じられる際に起こります。「情緒的消耗」「脱人格化(他者に対する思いやりのない態度)」「達成感の減退」などの症状を示します。

 

日本の厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」によると、職場のメンタルヘルスケアは①セルフケア(自身によるケア)②ラインケア(管理監督者によるケア)③専門スタッフ等によるケア④外部リソースによるケアの「4つのケア」によるとしています。まずセルフケアを基本として、その上で誇りを持って職務に従事できるような環境づくりをラインケアにより提供することが理想です。

 

※Journal of Shelter Medicine and Community Animal Health 2022 -http://dx.doi.org/10.56771/ASVguidelines.2022