アニマルシェルターに動物を入れるべきではない3つ目の理由は「安楽殺のリスク」です。シェルターが動物福祉を担保できないことによる安楽殺(いわゆる「殺処分」)と、けがや病気で苦しむ動物を苦痛から解放するための獣医療としての安楽殺(私はそういう場合においても、緩和ケアを実施し看取るべきと考えていますが)は分けて考える必要がありますが、ここでいう「安楽殺のリスク」は前者を指します。
3.安楽殺のリスク
ASV(シェルター獣医師会)の“Guidelines for Standards of Care in Animal Shelters Second Edition”※(アニマルシェルターにおけるケアの基準に関するガイドライン第2版、以下「ガイドライン」)には、動物の安楽殺の判断についてこう記述されています。
Euthanasia decisions are based on the shelter’s ability to support the welfare of the individual animal in the context of the population, available resources, and the community.
安楽殺の決定は、個体数、利用可能な資源、地域社会との関連において、シェルターが個々の動物の福祉をサポートする能力に基づいて行われる。(10.1)
なんだかわかったようなわからないような表現ですが、「ガイドライン」にはこうも書かれています。
Aversion to euthanasia is not an excuse for crowding and poor welfare.
安楽殺への嫌悪は、過剰収容や劣悪な福祉の言い訳にはならない。(2.4)
ここで示されている安楽殺の考え方は単純明快です。つまり「あらゆる手段を用いても動物の福祉を担保することができないのであれば、人道的安楽殺によりその苦痛から解放するべきである」というわけです。過剰収容などによる動物福祉の低下により、収容動物が安楽殺されるリスクは否定できないわけです。
しかし「ガイドライン」は、シェルター都合の安楽殺を正当化しているわけではありません。むしろその逆です。「ガイドライン」は一貫して、シェルターに収容された動物の福祉をいかに担保するかという観点で書かれています。動物の福祉が担保されていれば安楽殺の必要もないというわけです。シェルターの動物の福祉を担保するには、シェルターのケア能力を増大させるか、シェルターに入る動物の数を減らすかのどちらかしかありません。そしてストレスや感染症の観点から、シェルターに動物を入れることは極力避けるべきですから、後者一択ということになります。
シェルターメディスンは「安楽殺を回避するため、シェルターに動物を極力入れないための技術」と言い換えることもできます。避妊去勢手術やマイクロチップといった獣医療が、シェルターメディスンの重要な分野として位置づけられていることがその証拠です。
※ Journal of Shelter Medicine and Community Animal Health 2022 -http://dx.doi.org/10.56771/ASVguidelines.2022