シェルターメディスンは「アニマルシェルターに収容された動物の福祉を担保するための獣医療」と書きましたが、そもそも「動物福祉」とは何でしょうか。動物福祉を簡単に定義すると「動物の利用を認めながら良い状態で生活させる」(第67回獣医師国家試験)ことということになります。
「5つの自由」
動物福祉の原則としてあまりにも有名なのがFive Freedoms(5つの自由)、つまり「飢えや渇きからの自由」「不快からの自由」「痛み、怪我、または病気からの自由」「通常の行動を表現する自由」「恐怖と苦痛からの自由」の5つです。これはもともと産業動物の人道的扱いを目指した指針で、その後動物福祉一般の原則として、実験動物や伴侶動物などにも援用されています。2010年に発表されたASV(シェルター獣医師会)の“Guidelines for Standards of Care in Animal Shelters” (アニマルシェルターにおけるケアの基準に関するガイドライン)では、「5つの自由」に基づきアニマルシェルターの動物のケアについての指針が示されました。
「5つの自由」の限界
「5つの自由」は「嫌な体験(Negative experiences)を回避する」ことに主眼が置かれています。つまり動物福祉の最低基準を示しているにすぎません。例えば最低限の水と食事が与えられていれば「飢えや渇きからの自由」は満たされているかもしれませんが、食事の質を吟味したり、与え方を工夫したりすれば、さらに福祉が向上するかもしれません。もしかしたら、他の事項について多少満たされていないとしても、総合的な福祉が担保される可能性もあります。つまり「5つの自由」には「プラスの視点」と「トータルバランスの視点」が欠けているといえます。
「5つの領域」
2022年に改訂された、ASVの“Guidelines for Standards of Care in Animal Shelters Second Edition”(アニマルシェルターにおけるケアの基準に関するガイドライン第2版)では、Five Domains(5つの領域)という動物福祉の新しい枠組みが示されています。「5つの領域」についてはここで詳しく解説していますので詳しくは延べませんが、概略だけ説明しておきます。
「5つの領域」では、「栄養(Nutrition)」「環境(Environment)」「健康(Health)」「(行動の)機会(Opportunity)」の良し悪しが動物の「精神状態(Mental state)」に影響を与え、その結果として動物の全体的な福祉に影響を与えると考えます。そしてこれらの「5つの領域」において、それぞれ「嫌な体験」を減らしつつ「うれしい体験(Positive experiences)」を増やしていきながら、各領域間のトータルバランスも見ていこうというわけです。
機会(Opportunity)というのは少々わかりにくい概念かもしれませんが、簡単に言えば動物が自ら望む行動をとることができるかどうかということです。例えば好きなタイミングで遊ぶことができる、好きな場所で休むことができるといったことです。