シン・シェルターメディスン超入門(32)安楽殺の方法

このブログは保護動物の殺処分をテーマにしていますから、動物の安楽殺についての具体的事項については過去に散々書いていますのでそれを参照していただくとして、ここでは要点のみを述べておきます。

 

安楽殺の方法

安楽殺は苦痛除去のために実施される致死処分ですから、それ自体が苦痛を伴うと何をやっているのかわからなくなります。安楽殺の方法に求められる条件として「痛くないこと」「意識が消失する前に呼吸が停止しないこと」「効果が早く現れること」「非可逆的(途中で回復しない)」などがあげられますが、それらの条件を満たした安楽殺法として世界中で広く用いられているのが「ペントバルビタールナトリウムの静脈注射または腹腔内注射」です。現在日本においては動物用医薬品としてのペントバルビタールナトリウムが入手できないという異常事態に陥っていますので、試薬のペントバルビタールナトリウムを調合して用いるか、ペントバルビタールナトリウムの代替品としてAVMA(米国獣医師会)のガイドラインに示されているセコバルビタールを用いるしかありません。ただし私の経験上、セコバルビタールがまったく「同等」とはいえないようです。なお、あらかじめ麻酔薬等で意識を消失させておけば、他の方法(塩化カリウムなど)も使用可能です。

 

なぜペントバルビタールナトリウムなのか?

ペントバルビタールナトリウムは、腹腔内注射でも効果が得られるという点において安楽殺薬として優秀といえます。静脈注射が可能であれば、安楽殺に用いることができる薬物はいくつかあります(例えばプロポフォールの過剰投与など)。しかし安楽殺の対象になるような動物は健康状態が悪く血圧が低いことが多いですし、また子犬や子猫は静脈自体が細いですから、静脈注射がうまくいかないことが多いのです。ただし腹腔内注射は静脈注射の2倍以上の薬剤量が必要ですし、やはり静脈注射の方が効き目は早いので、可能であれば静脈注射が望ましいといえます。

 

炭酸ガスはなぜいけないのか?

かつて日本における動物の殺処分は、動物をガス室に一斉に入れて炭酸ガスを注入するという方法が主流でした。おそらく一般の方の「殺処分」のイメージは、炭酸ガスによる一斉処分なのではないでしょうか。しかし炭酸ガスによる一斉殺処分はイメージが悪く、しかも設備のランニングコストも高いため、最近は忌避される傾向にあります。また炭酸ガスによる一斉処分がはたして安楽殺になっているのかどうかにも疑問符がついていて、AVMAの最新のガイドラインにおいても「シェルターにおけるコンパニオンアニマルの日常的な安楽殺には推奨されない」とされています。たしかに炭酸ガスの吸入による致死処分は理論的には安楽殺なのですが、動物を1頭ずつチャンバー(麻酔箱)に入れて炭酸ガスを注入するというのであればまだしも、ガス室における一斉処分で完全に安楽殺が担保されるかどうかは怪しいからです。