避妊去勢プログラム(Spay-Neuter Program)とは、シェルターに入る犬や猫の数を減らすために、低所得者のペットや野良猫の避妊去勢手術を安価に実施する事業の総称です。では、避妊去勢プログラムは一般の動物病院における避妊去勢手術と何が違うのでしょうか。
術後ケアについての考え方
避妊去勢プログラムの大きな特徴は「術式」です。避妊去勢プログラムの手術を初めて見る獣医師は、かなりのカルチャーショックを受けるはずです。本来外科手術は、手術部位を大きく切開し中をじっくりと見ながら行います。私も学生時代、そういうものだと教わりました。しかし大きく切開してしまうと、少なくとも1週間は切開部位のケアが必要です。特に当日や翌日にリターンする野良猫の手術がこうであると、非常に困るわけです。また低所得者のペットに避妊去勢手術を実施した場合、術後ケアが確実に行われるかどうか非常に不安です。そのため避妊去勢プログラムにおいては、特にメスの避妊手術には「子宮吊り出し術」と呼ばれる、最低限の切開で行う術式が採用されています。この術式を用いると切開部が非常に小さくなるため、術後ケアは基本的に不要となります。ただし手術中の不慮の事態により大きな開腹手術に移行した場合には、それなりの術後ケアが必要になることもあります。
手術のリスクについての考え方
避妊去勢手術は怪我や病気の処置のために行う「緊急手術」ではなく、実施時期を選ぶことができる「選択的手術」です。当然ながら、絶対に失敗は許されません。ですので、一般の動物病院で避妊去勢手術を実施する際には、入念な身体検査や血液検査などを行い、少しでも懸念があればそれを解消したうえで、満を持して実施しているはずです。
避妊去勢プログラムの場合にも術前の身体検査は行いますが、健康上多少の懸念があったとしても、身体検査の結果執刀医が「手術に耐えうる」と判断すれば手術を実施します。避妊去勢プログラムの主目的は「犬や猫の過剰繁殖防止」ですから、「今ここで手術を実施しないことで生じるリスク」が「動物の健康上の懸念」を上回るのであれば、手術を実施するというわけです。わかりやすく言えば、避妊去勢プログラムにおいては「避妊去勢手術のチャンスをできるだけ逃さない」ことが優先されるわけです。
なぜ安いのか
避妊去勢プログラムの手術料金は、一般の動物病院の手術よりも格安です。しかしそれは「安かろう悪かろう」を意味するのではなく、特定の手術に特化することなどによる合理化や、「犬や猫の過剰繁殖を防ぎたい」という人々の善意に支えられていることなどにより実現しているのです。
ペットの避妊去勢手術の考え方
以上のように避妊去勢プログラムは、一般の動物病院の避妊去勢手術とはかなり趣が異なります。私は避妊去勢プログラムはあくまでも野良猫がメインであって、ペットの避妊去勢手術はかかりつけの動物病院で実施することが望ましいと考えています(かかりつけがなければこの機会に作る)。それでも経済的理由などからペットの避妊去勢手術を避妊去勢プログラムで行うのであれば、上記のことをよく理解しておく必要があります。