シン・シェルターメディスン超入門(57)エンリッチメントとは

動物福祉の “Five Domains”(5つの領域)の3番目である「健康(Health)」には、身体的健康だけではなく精神的健康も含まれます。アニマルシェルターにおいて、収容動物の栄養管理や感染症予防と同じくらい重要なのが“Enrichment”(エンリッチメント)です。エンリッチメントには、「5つの領域」の4番目の「(行動の)機会(Opportunity)」の担保も含まれます。

 

エンリッチメントとは

Enrichmentを直訳すると「豊かにすること」です。動物福祉の文脈でエンリッチメントとは、「動物の飼育環境を豊かにし、動物たちが幸せに、健康に暮らせるようにするための様々な工夫」(放送大学『博物館資料論(’18)』 第11回)を指します。エンリッチメントは主に動物園の飼育動物の福祉を担保するための手法として発展してきました。つまり自然界ではそれぞれ違った環境で暮らしていたはずの動物園動物(野生動物)を、檻や水槽といった一律の環境に閉じ込めることが動物福祉に反するのではないかという問題意識から始まったのです。そのため動物園動物のエンリッチメントは、飼育環境を本来の生息地の環境に近づけつつ、さまざまな工夫により単調な収容生活を「豊か」にすることを目指しているわけです。

 

シェルターメディスンにおけるエンリッチメント

ASV(シェルター獣医師会)の“ASV Guidelines for Standards of Care in Animal Shelters” (http://dx.doi.org/10.56771/ASVguidelines.2022)では、エンリッチメントをこう定義しています。

 

エンリッチメントとは、「社会的交流(social interaction)」「身体的および精神的刺激(physical and mental stimulation)」「種特有の行動を行う機会(opportunities to perform species-typical behaviors)」「環境の選択と制御(choice and control over their environment)」を提供することにより、収容動物のケアを改善するプロセスを指す。

 

犬や猫といったコンパニオンアニマルの「本来の生息地」は家庭です。つまりシェルターメディスンにおけるエンリッチメントの目標は「収容動物の行動が、ストレスの少ない家庭で暮らしているコンパニオンアニマルと同等である」ことです。具体的に言うと「異常行動の減少」「種本来の正常行動の増加」「行動の多様性」といったことが目標になります。それらは動物福祉を担保することだけに留まらず、譲渡の促進に直接つながります。またシェルターのエンリッチメントは人間や他の動物との「社会的交流」を重視します。ここが動物園動物のエンリッチメントと大きく異なる点です。

 

具体的に何をするか

通常、エンリッチメントは「採食エンリッチメント」「物理エンリッチメント」「感覚エンリッチメント」「社会的エンリッチメント」「認知エンリッチメント」の5類型に分類されます。しかしエンリッチメントはこの5類型にきっちり分類できるわけではありませんし、そもそもこういった分類は実務的にあまり意味がありません。次回以降はASVガイドラインで示されている「社会的交流」「身体的および精神的刺激」「種特有の行動を行う機会」「環境の選択と制御」に沿って見ていくことにしましょう。