シン・シェルターメディスン超入門(59)身体的および精神的刺激

アニマルシェルターにおいて、収容動物の福祉向上のために飼育環境を「豊か」にすることは“Enrichment”(エンリッチメント)と呼ばれ、栄養管理や衛生管理と同等に重要とされています。シェルターのエンリッチメントのひとつが「身体的および精神的刺激(physical and mental stimulation)」です。

 

おもちゃ

シェルターでもっとも一般的に用いられるエンリッチメントはおそらく「おもちゃ」でしょう。さまざまな種類の犬や猫のためのおもちゃが市販されていますし、自作することもできます。

犬も猫も初めて見るおもちゃはそれと気づかないことがありますし、怖がりの個体は恐怖を感じることすらあります。そのためおもちゃには徐々に慣らす必要があります。またおもちゃはすぐに飽きるため、できれば毎日交換することが望ましいとされています。

おもちゃを同じケージ以外の動物に再利用したり、共有する場合は、使用の都度消毒する必要があります。また、噛んだり、破損したり、壊れたり、食べたりする可能性のあるおもちゃは、定期的に検査して安全性を確認する必要があります。

おもちゃ遊びは身体的刺激を与えるだけではなく、種固有の行動を引き出すこともできます。例えば猫は小さくて動くおもちゃを好みますし、犬は歯ごたえのあるおもちゃを好みます。またおもちゃを用いて一緒に遊ぶことで、人間と動物の社会的交流を図ることもできます。このように、おもちゃの使用はエンリッチメントのさまざまな要素を包含しています。

 

感覚刺激

視覚:犬や猫に見せるために制作されたビデオは、家庭のペットは喜んで見ますが、シェルターの犬や猫はすぐに飽きてしまうようです。その理由はよくわかっていませんが、シェルターの環境が十分に刺激的(良い意味でも悪い意味でも)であることに関連するかもしれません。

聴覚:シェルターでラジオ番組の音声を流すことは、特に社会化期の子犬や子猫を人間社会に慣れさせる効果があるようです。またクラシック音楽は動物を落ち着かせる可能性があるという報告があります。しかし音楽を流すよりも、騒音を抑える方が効果的という報告もあります。聴覚刺激が動物にとって不快なものであってもそこから逃れることは難しいため、聴覚刺激のエンリッチメントを試みる際にはこまめな監視が必要です。

嗅覚:米国のシェルターではアロマオイルやハーブなどを用いたエンリッチメントが試みられています。香りの組み合わせによっては鎮静効果がみられるそうです。

猫用の“Feliway®”や犬用の“DAP®”といったフェロモン製剤にも鎮静効果がありますが、シェルター環境下ではケージが開放的ですし、清掃の頻度も高いため拡散しやすく、ペットに用いるよりも多くの量が必要になるかもしれません。