HurleyとLevy (2022)※の“Rethinking the Animal Shelter’s Role in Free-Roaming Cat Management”(野良猫の管理におけるアニマルシェルターの役割を再考する)という論文によると、野良猫の管理手法を検討する際には“harm reduction” (ハーム・リダクション:二次被害軽減)の考え方が役立つかもしれません。
ハーム・リダクションとは
ハーム・リダクションとは公衆衛生分野で注目されている理念で、好ましくない行動(例えば薬物乱用や青少年の性行為など)を完全になくすことは困難であるという前提のもとに、そこから派生する健康や社会へのリスクを軽減しようとすることです。たとえ好ましくない行動を禁止したとしても、隠れて行う人は一定数います。それならせめて、それに伴う二次被害を防いでいこうというわけです。論文ではハーム・リダクションを説明するためにこのような例があげられています。
・注射針の使い回しによる感染症の蔓延を防止するために、清潔な注射針を配布する
・青少年の望まない妊娠や性感染症を防止するために、避妊具を配布する
ハーム・リダクションは米国ではわりと広く用いられている概念ですが、日本では主に薬物乱用による二次被害を防止するという観点で用いられることが多いようです。
ハーム・リダクションの野良猫対策への応用
野良猫の管理にハーム・リダクションを応用するならば、一定数の野良猫が存在することを前提に、野良猫による二次被害を軽減していくということになります。野良猫の管理にハーム・リダクションを応用する背景として、「野良猫駆除の困難さ」と「住民感情」があげられます。そして論文は、シェルターが関与する野良猫の管理方法を検討する際には、これらの視点が重要であるとしています。
野良猫の完全駆除は困難
「どんな手段を用いても」(by any means necessary)北米大陸から野良猫を絶滅させるべきであるという意見もありますが、そもそも絶海の孤島でもない限り、地域のすべての野良猫を駆除することは非常に困難です。そして野良猫の駆除には莫大な費用が必要です。すべての野良猫を駆除しようとするよりも、野良猫による二次被害(迷惑行為や過剰繁殖など)を軽減していく方が現実的です。
地域住民の選好(preference)
シェルターが野良猫の小集団を管理しようとする場合、地域住民の理解と協力は不可欠です。また新たな野良猫を生み出さないための避妊去勢手術や飼い主教育なども、シェルターの重要な事業です。地域住民の多くは、野良猫の殺処分に対して否定的です。殺処分もやむなしと思っている人も、それはできるだけ避けたいというのが心情でしょう。そのため、殺処分を前提に野良猫を収容しようとするシェルターは、地域住民からの協力が得にくくなりますし、地域住民はできるだけシェルターを避けようとするでしょう。それは結果的に野良猫の放置や飼い猫の遺棄につながり、逆に状況を悪化させることになります。逆に野良猫の駆除を目指さずに二次被害防止に注力しようとするシェルターは地域から尊敬され、地域住民からの協力も得やすくなるかもしれません。
※ Frontiers in Veterinary Science | www.frontiersin.org March 2022 | Volume 9 | Article 847081