野良猫の「妊娠中絶」について考える(1)

野良猫のTNR(野良猫を捕獲して避妊去勢手術ののちに捕獲場所に戻す)を実施する際に、悩ましいのが妊娠している猫の扱いです。野良猫の場合、そのまま避妊手術を実施する(つまり妊娠中絶)ことが一般的ですが、「それは殺処分と同じ」といった批判の声があるのも事実です。そこで野良猫の「妊娠中絶」について考えてみたいと思います。

 

猫の「妊娠中絶」とは

猫の場合、「妊娠中絶」とは「妊娠猫に対する避妊手術」と同義です。つまり、子宮に胎仔が入ったまま、子宮卵巣全摘出を行います。子宮が大きくなっている分、通常の避妊手術よりは時間がかかり、傷口も大きめになりますが、手術自体は同じ手順で行われます。なお通常の避妊手術を卵巣摘出術で行っている場合でも、妊娠中であれば子宮卵巣全摘出術で妊娠中絶します。

 

飼い猫の場合

繁殖目的ではなく、避妊手術を検討している飼い猫が妊娠した場合、一度出産させてから改めて避妊手術を行うというパターンが多いと思います。飼い主も獣医師も、心情的には妊娠中絶を避けたいからです。しかし厳しいようですが、母猫の避妊手術を出産後速やかに行うことは当然として、生まれてきた子猫も性成熟前に避妊去勢手術を行う目途を立てておかなければならないでしょう。

 

野良猫の場合

TNR目的で捕獲した野良猫が妊娠していた場合、妊娠中絶するのが基本です。その理由について、米国のシェルターメディスンの教科書にはこう書かれています。

 

Because of the sheer number of community cats and the high euthanasia rate of cats at shelters, it is difficult to rationalize not sterilizing pregnant cats. Releasing a pregnant cat or confining it in a foster home to have kittens may add unnecessarily to cat overpopulation and suffering. Once trapped, many cats are extremely difficult to trap a second time.

野良猫の数があまりにも多く、シェルターでの猫の安楽殺率が高いため、妊娠中の猫を不妊処置しないことを正当化することは困難です。妊娠中の猫を放したり、子猫を里親宅に閉じ込めたりすると、猫の個体数や苦痛を不必要に増やす可能性があります。一度捕獲されると、多くの猫は二度目の捕獲が極めて困難になります。

(Lavy and Wilford(2013)“Management of Stray and Feral Community Cats”, Shelter Medicine for Veterinarians and Staff Second Edition, p683)

 

TNRは野良猫の個体数を減らすための活動ですから、野良猫の出産は極力避けるべきです。「子猫を産ませて保護すればよいではないか」という意見もありますが、野良猫の妊娠率は非常に高く、妊娠猫すべてを出産させてしまっては、そもそも何をしているのかわからなくなってしまいます。またその猫に避妊手術を施すチャンスは、二度と訪れないかもしれません。そのため、TNRに携わる獣医師は、心を鬼にして妊娠中絶を行っているわけです。