社会資本としての「スペイクリニック」 その4

利用しやすく低廉な、犬猫の避妊去勢手術サービス(米国でいうところの「避妊去勢プログラム」)を提供するためのいわゆる「スペイクリニック」について考えています。

 

移動式クリニック(MSNC)

避妊去勢手術のための手術室を備えた大型車両やトレーラーなどをMSNC(Mobile spay neuter clinic)といいます。米国ではこういったいわば「移動手術室」が例えばショッピングセンターの駐車場に出張し「お買い物の間にペットの避妊去勢手術ができます」なんてやってるわけです。また水道や電気といったインフラが整備されていない地域では、こういった自己完結型のクリニックが活躍します。日本でも大型バンを改造した移動式クリニックが何台か活動していますが、まだまだ一般的ではないようです。

 

MSNCのメリット

MSNCは機動性が高く、かつ自己完結型であるのが強みです。MASH(仮設手術室)のような、会場設営の手間はかかりません。また車両自体が大型で目立つため、宣伝効果も抜群です。また手術をしないときには車両を災害時の臨時シェルターやオフサイトの譲渡センターとして転用することもできます。

 

MSNCのデメリット

デメリットとしては、MASHよりも初期費用や維持費が高額なことがあげられます。市販車ベースの改造車であれば1,000万円前後で入手できますが、これを高いと感じるか安いと感じるかは人それぞれです。また車両の種類や大きさによっては特殊な運転免許が必要で、運転手を別途雇用する必要があるかもしれません。かといって小さな車両を用いると、手術室が非常に狭く作業がしにくくなります。このあたりはトレードオフの関係ですので、地域事情や予算規模などにより決めていくことになります。

MSNCは狭い部屋で手術を行いますから、吸入麻酔を用いる場合はマスク等からのガス漏れに注意が必要です。通常の手術室だと拡散されるレベルのガス漏れであっても、狭い車内にはこもりやすいため、麻酔事故には注意が必要です。

 

MSNCの注意点

MSNCはとにかく目立ちます。その宣伝効果がメリットになる一方、目立つがゆえに無用の摩擦が生じるおそれがあります。そのため設置場所については、十分な配慮が必要です。米国のシェルターメディスンの教科書 “Shelter Medicine for Veterinarians and Staff, Second Edition”(2013)によると、MSNCは近所に動物病院がない場所に設置することが望ましいとされています。「避妊去勢プログラム」が獣医師会によって容認されている米国ですらそうなのですから、日本ではさらなる配慮が必要です。