治療スペクトラム(1) 「治療スペクトラム」とは何か

アニマルシェルターに動物を入れないための方法のひとつとして、飼い主がペットを飼い続けることができるようにサポートすることがあげられます。そのための方法論として「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」という考え方が注目されています。日本ではなじみがない「治療スペクトラム」について、私も勉強しながらできるだけ簡単にまとめていきたいと思います。

 

そのそも「治療スペクトラム」とは

“Spectrum of Care”はBrown(2021)ら※によって提唱されている概念で、米国獣医師会雑誌(JAVMA)の“Viewpoint”(個人的見解を述べたものであって、AVMAの公式見解ではない)として掲載された“Spectrum of care: More than treatment options.”という論文で紹介されています。

日本において「スペクトラム」といえば、「自閉スペクトラム症」が有名ではないでしょうか。いわゆる「自閉症」にはコミュニケーションそのものが難しい重度の症例から、「広汎性発達障害」、またしばしば「アスペルガー症候群」と呼ばれる、多少問題があっても一定のコミュニケーションがとれる症例まで、さまざまな段階があります。それらを別々に扱うのではなく、「自閉症」を一連の「連続体」としてとらえたのが「自閉スペクトラム症」というわけです。

同じように、獣医療を「予防医療」から「先端医療」までの連続体としてとらえる考え方が「治療スペクトラム」であるといえます。これだけでは何のことかよくわかりませんね。

 

「標準」治療偏重の弊害

獣医療は日々進歩しています。ある疾患に対する新しい治療法が開発され、「効果があるぞ」ということになれば、それが「標準治療」になっていきます。そしてそれが「最善」で「唯一」の治療法であるという認識になってきます。多くの獣医師はたとえ治療費が高額になっても、「最善」で「唯一の」治療法を提供しようとします。 他の選択肢があるにもかかわらずです。そのことにより、一部のペットを獣医療から遠ざけるのではないかという懸念が生じます。つまり

 

・ペットが生活改善や苦痛軽減といった、よりシンプルで安価な治療を受けにくくなくなる可能性がある。 

・獣医師は風評や訴訟への懸念から、シンプルで安価な治療で対処可能な症例であっても、「無難な」「標準」治療を施す可能性がある。

・高額な医療費を支払うことができない飼い主は、自分のペットを助けることができないことに無力感を感じる可能性がある。

 

「最善」はひとつではない

「治療スペクトラム」の考え方は獣医療を「連続体」としてとらえ、「最善」の選択肢は 1 つしかないという認識を変えることから始まります。そしてスペクトラムの中のどの治療を選択するかは、臨床研究やエビデンスに基づき、その症例や飼い主の意向などに合わせて決定するということになります。そのことにより、より多くのペットが必要な治療を受けられる可能性が広がります。

 

※ Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712.