「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について私なりにまとめてきましたが、この概念を提唱しているBrown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”という論文※1を参考に、もう少し詳しく見ていくことにしましょう。
なぜSoCが必要か
SoCの話に入る前に、AVC(Access to veterinary care)について触れておかねばなりません。飼い主の経済状況に関わらず、ペットの福祉は担保されなければなりません。特にペットが飼い主の経済的理由で適切な獣医療を受けられないといった事態は好ましくありません。AVCとは、ペットが普遍的かつ公平に獣医療を受けられることを指します。
しかしAVMA(米国獣医師会)の獣医経済部会(2020)は、獣医療の進歩により獣医療にかかるコストが増大し、多くの飼い主にとって獣医療が高額で手の届かないものになりかねないという懸念を示しています※2。実際にAccess to Veterinary Care Coalition(2020)の調査によると、調査対象となった米国のペットの飼い主の28%が、過去2年間に獣医療に関する障壁を経験していて、そのほとんどが経済的なものであることがわかりました※3。またHSUS(2020)によると、米国の獣医療サービスが行き届いていない地域で飼われているペットの88%が避妊去勢手術未実施で、経済的な要因が大きいとしています※4。つまり経済的理由が、AVCを阻んでいる主な要因といえそうです。
獣医師はすでにSoCを実践している?
とはいえ、多くの臨床獣医師はAVCが重要な概念であることを認識しています。Access to Veterinary Care Coalition(2018)の調査によると、調査対象になった米国の獣医師の95%が「すべてのペットは一定レベルの獣医療を受けるに値する」という意見に同意または強く同意し、開業獣医師の98%が、過去1年間に獣医療への経済的障壁に対処し、それを緩和するための方策を少なくとも1つ実施したと報告しています。最も多かった方策は「クライアントの経済事情に最も合った治療の選択肢を一緒に検討した」でした※3。つまり米国においては、小動物臨床に携わる多くの獣医師が自覚の有無にかかわらずSoCをすでに実行しているといえます。さらに獣医師がSoCを自覚的に、かつ体系的に実行していくことにより、ペットのAVCをさらに向上させることができます。
※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712
※2 AVMA Veterinary Economics Division. Dog ownership and veterinary visits by income bracket. J Am Vet Med Assoc 2020;256:282.
※3 Access to Veterinary Care Coalition. Access to veterinary care: barriers, current practices, and public policy. Available at: http://trace.tennessee.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1016&context=utk_smalpubs. Accessed May 19, 2020.
※4 Humane Society of the United States. Keeping pets for life. Available at: www.humanesociety.org/issues/keeping-pets-life. Accessed Oct 2, 2020.