「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。
早期の集中治療
多くの場合SoCは飼い主の金銭的事情を考慮し、一定の治療効果があるが比較的低廉な治療法を選択していくことととらえがちですが、逆に治療早期により積極的で費用のかかる治療を実施することで、結果的に全体的なペットの痛みや治療費を軽減することができるかもしれません。例えばオス猫の尿路閉塞は内科的治療に反応せず何度も(3回以上)繰り返すような症例が手術対象とされますが、初回または2回目の尿路閉塞の時点で手術を実施すれば再発を防止することができ、結果的に治療費の総額を抑えることができると考えられます。Slater(2020)ら※2は尿路閉塞により会陰尿道瘻術を受けた猫のその後について調査し、アンケートに回答したすべての飼い主が手術前と後において猫のQOL(生活の質)に変化がみられなかったと回答したと報告しています。このことから、会陰尿道瘻術はオス猫のQOLに影響を与えないと考えられるため、将来に何度も処置を受けることを考えると、初回または2回目の尿路閉塞の時点で会陰尿道瘻術を実施してもよいのではないかとしています。
専門病院V.S.一般病院
一般的な動物病院では「手に負えない」として、専門病院を紹介するような症例でも、一般の動物病院で手術を実施することができれば、医療費を低く抑えることができます。しかし専門病院には獣医師の専門的スキルや専門の機械器具といったアドバンテージがあります。SoCにおいてはそのあたりを飼い主とよく話し合い、納得のいく治療法を選択していただくことが重要です。
専門病院と一般病院の治療成績の違いについて、ASPCA動物病院のPaillerら(2021)※3,4は犬や猫の子宮蓄膿症の手術で調査を実施しました。前述のとおり、ASPCA動物病院はSoCを実践している一般の動物病院です。子宮蓄膿症の手術は卵巣子宮全摘出術で、術式は一般的な避妊手術と同じですが、手術には細心の注意が必要で、また緊急手術が必要なことが多いため、米国において一般の動物病院では手術が敬遠される傾向があります。この調査によると、ASPCA動物病院における子宮蓄膿症の退院生存率(手術後生きたまま退院できた割合)はメス犬で97%(405頭中394頭)、メス猫で100%(126頭中126頭)とされています。専門病院におけるメス犬の子宮蓄膿症の退院生存率は約99%といわれているため、少なくともメス犬については専門病院よりも若干劣る数値となっていますが、専門的スキルや専門機器を有していない一般の動物病院でも安全に子宮蓄膿症の手術を実施できるとされています。
※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712
※2 Slater MR, Pailler S, Gayle JM, et al. Welfare of cats 5 to 29 months after perineal urethrostomy. J Feline Med Surg 2020;22:582–588.
※3 Pailler S, Slater MS, Lesnikowski SM, et al. Outcomes of pyometra in 405 female dogs treated surgically in a non-specialized setting (2017–2019). J Am Vet Med Assoc 2021;in press.
※4 Pailler S, Slater M, Lesnikowski S, et al. Outcomes of pyometra in 126 female cats treated surgically in a non-specialized setting (2017–2019). J Am Vet Med Assoc 2021;in press.