「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。
クライアントとのコミュニケーション
SoCとは「集中的」で「先端的」な単一の治療法にこだわることなく、治療法全体をひとつの「連続体」ととらえ、獣医師がペットの治療法を複数提示したうえで、飼い主(クライアント)とペットにとって「最適」な治療法を決定していく考え方です。そのため、獣医師と飼い主の関係構築はSoCにとって非常に重要です。
関係構築のためのコミュニケーションスキル
関係構築のためのコミュニケーションスキル(relationship-centered communication skill)の具体的手法について、論文は次の2つを例示しています。いずれもいわゆる「傾聴」の手法です。
開かれた質問(open-ended questions)
「今日はどうされましたか?」「この治療法についてどう感じましたか?」といった、「はい」「いいえ」や選択肢などで回答できないような質問を指します。
反映的傾聴(reflective listening)
聞き手が話し手の言葉を正しく理解したことを示すために、話し手の言葉を繰り返したり、言い換えたり、要約したりすることを指します。
関係構築のためのコミュニケーションの効果
関係構築のためのコミュニケーションスキルが獣医療に及ぼす影響について、北米でいくつかの研究が行われています。テキサスA&M大学のCornellら(2019)※2は獣医師やスタッフがコミュニケーションスキルトレーニングプログラム (CSTP)やフォローアップコミュニケーション実践プログラム (CIPP)を受けることにより、コミュニケーションスキルへの自信が高まると報告しています。BNResearchのLueとCrawford (2008)※3は、獣医師との絆が強い飼い主は、獣医師に対して忠実で、治療の推奨事項に従う傾向を強く示したとしたうえで、飼い主と獣医師の絆を強く保つための重要な要素は、徹底した説明と推奨を含むコミュニケーションであるとしています。またグェルフ大学オンタリオ獣医学部のKanjiら(2012)※4は、獣医師が飼い主に対し関係構築のためのアプローチを行い、治療における推奨事項やその根拠を効果的に伝えることにより、飼い主の治療手順の遵守によい影響を及ぼすとしています。
これらの研究結果は、獣医師から飼い主への情報伝達の肯定的な基盤を作り、情報の保持と治療手順の遵守を強化することにより、飼い主の経験を改善させ、獣医療サービスに対する満足度を高めることを示しています。
※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712
※2 Cornell KK, Coe JB, Shaw DH, et al. Investigation of the effects of a practice-level communication training program on veterinary health-care team members' communication confidence, client satisfaction, and practice financial metrics. J Am Vet Med Assoc 2019;255:1377–1388.
※3 Lue TW, Pantenburg DP, Crawford PM. Impact of the owner-pet and client-veterinarian bond on the care that pets receive. J Am Vet Med Assoc 2008;232:531–540.
※4 Kanji N, Coe JB, Adams CL, et al. Effect of veterinarian-client-patient interactions on client adherence to dentistry and surgery recommendations in companion-animal practice. J Am Vet Med Assoc 2012;240:427–436.