治療スペクトラム(13) コミュニケーションの手法

「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。

 

SoCにおけるコミュニケーションスキルの重要性

SoCとは「集中的」で「先端的」な単一の治療法にこだわることなく、治療法全体をひとつの「連続体」ととらえ、獣医師がペットの治療法を複数提示したうえで、飼い主(クライアント)とペットにとって「最適」な治療法を決定していく考え方です。そのため、獣医師と飼い主の関係構築はSoCにとって非常に重要です。カルガリー大学のMcMurrayとBoysen(2017)※2は、関係構築のためのコミュニケーション(Relationship-centered communication)により期待の不一致や誤解を防ぐことで、飼い主が獣医師に対して法的措置を取ったり、ソーシャルメディアに否定的な投稿をしたりする可能性を減らすことができるとしています。ノッティンガム大学のMossopら(2015)※3は、獣医師の卒後教育としてコミュニケーションスキルを習得する必要性を強調していますし、同じくノッティンガム大学のMcDermottら(2017)※4によると、少なくとも英国においては大学における獣医学教育のカリキュラムにコミュニケーションスキルが組み込まれているといいます。獣医師がコミュニケーションスキルを習得ことにより、SoC実施の障壁がいくらか緩和される可能性があります。

 

コミュニケーションの手法

SoCにおいて適切な治療法を選択するためには、飼い主の話を注意深く聞き、ペットの健康上の懸念を把握することが重要です。グェルフ大学オンタリオ獣医学部のDysartら(2011)※5は、まず最初に飼い主からペットの健康上の懸念を聞き出すことが、その後の診療に有用であるとしています。そしてコロラド州立大学のShaw(2006)※6は、人医療域で行われている患者とのコミュニケーション手法は獣医療にも応用可能であるとしています。イリノイ大学のGarrett(2013)※7は、飼い主に悪い結果を伝える場合に用いるスキルとして次の4つをあげています。

 

1. Keep your nonverbal communication signals in line.

落ち着いた非言語コミュニケーションを続ける。

 

2. Be empathetic. Let the client know he or she is seen, heard, and accepted.

共感的であること。クライアントに自分が見られていること、聞かれていること、受け入れられていることを伝える。

 

3. Ask open-ended questions.

「開かれた」質問をする

 

4. Use reflective listening.

反映的傾聴を用いる

 

※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712

 

※2 McMurray J, Boysen S. Skills for communicating empathy to companion animal clients. Companion Anim 2017;22:396–401.

 

※3 Mossop L, Gray C, Blaxter A, et al. Communication skills training: what the vet schools are doing. Vet Rec 2015;176:114–117.

 

※4 McDermott MP, Cobb MA, Tischler VA, et al. Evaluating veterinary practitioner perceptions of communication skills and training. Vet Rec 2017;180:305.

 

※5 Dysart LMA, Coe JB, Adams CL. Analysis of solicitation of client concerns in companion animal practice. J Am Vet Med Assoc 2011;238:1609–1615.

 

※6 Shaw JR. Four core communication skills of highly effective practitioners. Vet Clin North Am Small Anim Pract 2006;36:385–396.

 

※7 Garrett LD. How to break bad news to clients. Vet Med 2013;308:524–526.