「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※を参考に見ています。
コミュニケーションの手法<続き>
オープン・クエスチョン
SoCは獣医師がペットの治療法を複数提示したうえで、飼い主(クライアント)とペットにとって「最適」な治療法を決定していく考え方です。飼い主からペットの状態や治療に関する希望などを聞き出すために用いられる手法が「オープン・クエスチョン(open-ended questions)」です。オープン・クエスチョンとは「はい」「いいえ」、もしくは短答や選択肢で答えられないような「自由質問」のことです。
例えば「食欲はありますか?」といった尋ね方はオープン・クエスチョンではありません。「はい」「いいえ」で答えられるからです。そこで「ゴハンを食べるとき、どんな様子でしたか?」と尋ねることにより、「今朝はいつもの半分の量しか食べなくて…」「ドライフードが食べにくそうでした」といった多くの情報を得ることができます。
またペットの犬を入院させる代わりに、自宅で投薬治療をするとします。しかし投薬には注射が必要です。その場合、「犬に注射を打てますか?」と尋ねるのはオープン・クエスチョンではありません。「はい」「いいえ」で答えられるからです。しかもこの場合、飼い主は多少自信がなかったとしても「はい」と答えることが多いでしょう。「はい」と答えておかないと犬を入院させなければならなくなりますし、「頼りない飼い主」と思われるのもなんとなくいやなものだからです。
これをオープン・クエスチョンで尋ねるとしたら「自宅で犬に注射を打っていただくことになりますが、どう思いますか?」という感じでしょうか。こう尋ねられれば、「いやちょっと自信がなくて…でも入院は嫌だし…」とか「注射の打ち方は指導していただけますか?」といった回答が期待できます。
反映的(反射的)傾聴
反映的(反射的)傾聴(reflective listening)は、相手との信頼関係を築く際に用いられる手法です。話し手の言葉を繰り返したり、言い換えたり、要約したりして返すことにより、話の内容を理解していることを話し手に示すことができますし、話し手に「ちゃんと聞いてもらっている」という安心感を与えることができます。話し手の言葉をオウム返しするだけでも効果がありますが、言葉を言い換えたり要約したりすることにより誤解を防ぐことができます。例えばさきほどの例だと
「半分しか食べなかったんですね」
「それは食欲がないということでしょうか」
のように返すことになります。
※ Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712