治療スペクトラム(16) 選択肢の提示

「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。

 

治療法の選択肢

獣医師は「家族の目標」や「家族の考慮事項」の聞き取りにより、治療に対する飼い主の期待や飼い主の経済的事情を把握したら、最善と考えられる治療法を選択します。そこで考慮すべき事項は「最新の科学的知見(scientific literature)」です。カンザス州立大学のLarsonとWhite(2015)※2は、獣医師の臨床上の意思決定において臨床的知見(clinical observation)や臨床経験が重要としながらも、それだけに頼ることなく、最新の科学的知見を組み込むべきとしています。

 

選択肢の提示

人間を含め、動物は最初に提示された選択肢を選ぶ傾向があることは経験則として知られていましたが、カリフォルニア大学バークレー校のCarneyとBanaji(2012)※3はその傾向を実験によって示しました。したがって、獣医師が複数の治療法を飼い主に提示する際に、「集中的」で「最先端」の治療法を最初に提示すると、飼い主はその治療法が最良であると認識する可能性があります。そのため、飼い主の要望や科学的知見などに基づき獣医師自身がペットにとって最良と判断した選択肢を最初に提示するといった工夫が必要です。

 

専門用語を極力避ける

ペットの治療法について飼い主と話す際に、獣医師はついつい専門用語を使ってしまいがちです。また用語自体が一般的であっても、その用語が示す概念が異なる場合もあります。しかし専門用語に不慣れな飼い主はなじみのない用語自体がストレスとなり、適切な意思決定を妨げる可能性があります。スムーズなコミュニケーションのためには専門用語等を極力省く必要があり、そのためには専門用語を「翻訳」することができるスタッフがいることが理想ですが、Webサイトによる用語解説や、情報や知識を視覚的に表現したインフォグラフィックなどを活用するのも有効です。

 

※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712

 

※2 Larson RL, White BJ. Importance of the role of the scientific literature in clinical decision making. J Am Vet Med Assoc 2015;247:58–64.

 

※3 Carney DR, Banaji MR. First is best. PLoS One 2012;7:e35088.