「先進的な」単一の治療法にこだわることなく、経済的事情など飼い主の要望に応じた獣医療を提供することにより、飼い主の負担を軽減し、飼い主がペットを飼い続けることをサポートしようとする考え方である「治療スペクトラム(Spectrum of Care:SoC)」について、Brown(2021)らの“Spectrum of care: More than treatment options.”※1を参考に見ています。
医療費の問題
“The Bayer veterinary care usage study”(2011)※2によると、米国においてペットの受診頻度が低下している要因として、次の3つがあげられています。
・定期的な健康診断の必要性や価値を理解していない
・獣医療に係る費用が高すぎると考えている
・ペットを動物病院に連れて行くことで動物や飼い主自身が受けるストレスに耐えたくない
つまり医療費の不安から、飼い主がペットを動物病院に連れていくことを躊躇している可能性があるのです。この不安は、料金をていねいに説明することにより緩和することができると論文はいいます。特に重要なのは「費用の透明性」です。それは飼い主との信頼関係構築にもつながります。初診料など基本的な料金を明示することに加え、できるだけ早い段階で治療にかかる費用を提示していくことはSoCの肝ともいえますが、グエルフ大学オンタリオ獣医学部のCoeら(2009)※3は、診察中に飼い主と費用について話し合った獣医師は約29%と報告しています。獣医師は、さまざまな検査や治療の費用を比較し、なぜ他のものよりも高価なのかを説明し、それぞれに期待される利点や結果について話し合うことができなければなりません。また、一般的な処置の料金を定額にすることにより、料金体系を簡素化することができます。
医療費削減のメリット
SoC を実施して治療費を削減することは、ペットにとっていくつかのメリットがあります。
ペットの治療機会の増大
飼い主の経済的理由により獣医療を受けられなかったペットに治療の機会が生まれます。
早期受診の促進
SoCによって医療費の負担が軽減することにより、早期受診が促進されます。早期受診により病気の早期に治療を開始することができれば、結果的に医療費を抑えることができますし、良い結果も期待できます。
ペットを飼い続けることができる
飼い主の経済的理由によりペットの治療が困難な場合、アニマルシェルターへの持ち込みや安楽殺が「唯一の選択肢」とされることがあります。しかしSoCにより「飼い続けながら治療する」という選択肢を提供できます。
※1 Brown, C. R., Garrett, L. D., Gilles, W. K., Houlihan, K. E., McCobb, E., Pailler, S., Putnam, H., Scarlett, J. L., Treglia, L., Watson, B., & Wietsma, H. T. (2021). Spectrum of care: More than treatment options. Journal of the American Veterinary Medical Association, 259(7), 712-717. https://doi.org/10.2460/javma.259.7.712
※2 Volk JO, Felsted KE, Thomas JG, et al. Executive summary of the Bayer veterinary care usage study. J Am Vet Med Assoc 2011;239:1311–1316.
※3 Coe JB, Adams CL, Bonnett BN. Prevalence and nature of cost discussions during clinical appointments in companion animal practice. J Am Vet Med Assoc 2009;234:1418–1424.